【背景・課題、目的・目標】
下市町は高齢化の著しい進展により衰退傾向にある基幹産業の農林業の活性化が喫緊の課題となっていた。なかでも最大傾斜20度を超える急斜面が8割を占め、柿の大規模経営を行う栃原地区では過疎化、高齢化による後継者難と地域社会の崩壊に強い危機感を抱いており、地区長の西室勝一氏は、奈良県農業総合センター果樹振興センターへ柿などの農業経営の将来について相談に訪れていた。また、栃原で建設機械・観光バス等のレンタル業を営む株式会社大紀社長清水益成氏は、祭りの際の臨時バスの運行や地域内の交通の要所に直売所「栃原道しるべ」を建設(平成19年)し、これを農家が協同して運営するよう仕向けるなど、危機感をバネに営農意欲を高める取り組みが地域から興されてきた。しかし地域の退勢を食い止めるには至らず、次の一手が切望されていた。
平成22年、栃原区長の元に、奈良女子大学寺岡教授と農業研究開発センターとで共同研究事業計画を持ち込んだ。独立行政法人 科学技術振興機構社会技術研究開発センター(RISTEX)の「コミュニティで創る新しい高齢社会のデザイン」に応募する事業計画である。
栃原区長は、町としてのプロジェクトへの協力を依頼・確認し、翌23年地元企業をメンバーに加え、1年をかけてち密な情報交換・協力体制を組み、平成23年10月、「高齢営農者を支える『らくらく農法』の開発」プロジェクト(らくらくプロジェクト)がスタートした。
重労働な農業現場の課題を「楽に、楽しく」解決する「らくらく農法」により、これまでより10年、延長して畑仕事が楽しめる環境構築を軸に、無理をしないで楽しく仕事する。知的好奇心を満たし、やりがいを満足させ、十分な日々の糧を得る。心を豊かに養う、ついでに懐も豊かにふくらませる。結果として、働く喜び、学ぶ楽しみ、生きる輝きを実感できる町づくりが目標である。
【取組内容】
「らくらく」は奈良女子大学、奈良県農業研究開発センター、民間企業、行政のまさに産学官の多様な組織の参加を得て、集落点検・住民の健康・体力把握から栽培技術・電動車開発までそれぞれの役割分担の下地域資源や人材を投入して実施した。
らくらくプロジェクトは4つの研究グループからなり、地域の実情を掘り下げる「集落点検」グループ、地域住民の身体状況を把握し改善を目指す「PPK(ピンピンコロリ)」グループ、高齢者の農作業をサポートする機器開発を行う「電動運搬車」グループ、柿葉生産を軸に農作業現場のユニバーサルデザイン化を目指す「らくらく栽培」グループが編成され、奈良女子大学寺岡教授をリーダーとする共同研究体制が組み上げられ、下市町役場、栃原自治会、奈良県とも協同体制が構築され、県内外の研究者、事業者、マスコミ等の協力を取り付けて事業は動いて行った。
【成功要因】
事業の成功要因を挙げると以下のとおりである。
①目標が明確であったこと-「らくらくプロジェクト」は、高齢者が10年長く現役で働けることを目標にした取組みで、新たな投資や技術の習熟などの負担が極力少なくなるよう、敢えて高齢者に馴染みの深い既存の柿畑をそのまま活かして柿葉生産を行うというパラダイムシフトを実現した。
②プロジェクトが細部に至るまで計画され、役割分担のもとに多様な機関・人材が参加したこと
③専門部署(地域づくり推進課)設置により業務横断的取組が可能となり、庁内での認知も進んだ
【成果】
プロジェクトの成果としては以下が挙げられる。
・「営農可能な時間を10年延長しよう」という主旨に賛同した農家数名が進んで柿葉生産に取組むとともに、周りの高齢農家へも積極的に柿葉を勧め始まった柿葉生産が、「柿葉は楽だ」、「柿葉は儲かる」ということが高齢営農者の間に浸透するにつれ、「営農を諦めない」高齢者が更に増え続ける事が期待される。また、電動運搬車の普及は、そんな高齢者の作業をサポートする装置として、欠かせない道具になっていくだろう。
・らくらくプロジェクトの取組みは内外で注目を集めた。町でもその取組みを町内CATVで流し、成果報告シンポジウムでは町民に宣伝の折込チラシを印刷・配布するなどの情報提供を積極的に行ってきた。この様な取組のおかげで下市町そのものへの注目度が高まってきている。
・「らくらくプロジェクト」は、単に事業の成果をもたらしただけではなく、その取組みをきっかけとして、下市町に「下市町地域づくり推進課の設立」、「海外との連携-海外からの視察・交流」、「下市町徳永クリエイティブビレッジ -創作家具作家の工房開設」など様々な新たな動きを生み出している。
「らくらくプロジェクト」は、地域の恊働のなかでの<産業起こし>となっており、これに続くプロジェクトの多くが<経済的自律へ>という方向を有している。プロジェクトを契機として立ち上がった「農事組合法人旭ヶ丘農業生産販売協働組合」は、柿葉を販売し年々ほぼ倍々ゲームで売り上げをあげている。また、農作業用の電動運搬車は最終的に商品として広く販売する予定であり、電動一輪車についてはユーザーの希望にみあう価格帯での供給が可能な水準までになっている。現在では行政と上手に連携を図りつつ、事業に立ち向かう野心と独立心豊かな地域住民が育まれている。
このようななかで、栃原地区に加えて、御所市、葛城市、天理市など県内の他地域でも柿の葉の栽培の気運が高まっていると共に、下市町内の他地区においても、柿の葉栽培に向けた話し合いが始まっている。柿の葉の研究開発や柿葉以外の産物への試行等技術的・産業的広がりが見られ始めており、地域活性化に向けた取り組みが広がりを持ってきている。
①高齢化への対応と過疎地域自立促進計画の策定
町人口は昭和25年の15,877人をピークに年々減少を続け、平成22年には総人口7,020人となった。年齢構成でも65歳以上の高齢者が2,542人と36.2%を占め、奈良県並びに全国平均を大きく上回って高齢化が進行している。中でも、町内20集落のうち、町中心部から遠い山間部の5集落では高齢化率が50%を超え、「維持困難な集落」への移行が懸念されている。この傾向は町の基幹集落である下市地区内でも、3行政区において高齢化率50%を超える状況が発生しており、過疎化・高齢化が単に山間奥地のみの問題ではなくなってきていることを示している。
下市町役場では、これまでも「過疎地域活性化特別措置法」、「過疎地域自立促進法」にもとづき、非過疎地域との格差是正を目的として、各種事業を実施してきた。特に道路整備は住民の生活確保、産業振興の観点から重点的に取り組み、上下水道、教育、消防等の公共設備の整備についても、一定の成果を上げてきている。しかしながら、人口減少や少子高齢化に対して歯止めがかからない中で集落機能の低下が進んでおり、いわゆる地域力が低下している。
町の財政面でも、平成20年度で公債費負担率26.4%、起債制限比率13.8%と年々増加しているが、過疎自立促進を進める事業を行うには地方債に頼らざるをえず、財政の硬直化は容易に脱却できない状況である。
このような状況を鑑み、限られた行政資源を有効に活用し、効率的・効果的な地域振興を進めるため、平成22年度から5カ年の計画で、「下市町過疎地域自立促進計画」を策定した。地域状況の把握・整理と、必要とされる施策を大きく9つの観点で分類して取りまとめ、町政の基本指針として政策課題に反映している。
特に、基幹産業である農林業や、これまで取り組みがあまりなかった観光産業への注力による産業振興、高齢化対応、集落活性化は町の活力を維持する上で重要な課題として捉え、事業を進めている。
②下市町役場での動き
実際基幹産業である農林業を中心に下市町役場は多くの事業を実施してきたが、それぞれ事業を担当する課が個々に行ってきており、JA、商工会などの団体等とも各課の業務上の繋がりに過ぎず、地域活性化等について積極的かつ横断的に話をする機会はほとんどなかった。そんな中ではあるが、これまでも町内イベントへの助成、下市町が番組制作から放送まで実施するCTV下市テレビ(下市町情報センター)、下市観光文化センターの駐輪場施設を利用し、毎週土曜日に農林産物直売事業として開催する「元気印朝市」、高齢者ふれあいいきいきサロン等の様々な事業を行ってきた。
しかし、役場内にも事業のやりにくさや現状への閉塞感が強まり、のちの「地域づくり推進課」設立に繋がった。
③地域から現れた危機意識 下市町栃原地区
過疎化、高齢化に対する危機感は、地域住民も強く感じていた。中でも栃原地区は、急激な高齢化と後継者難による地域社会の崩壊に対して強い危機感を募らせていた。
栃原地区は、83戸の住民のうち専業農家戸数が4割を占め、100haの柿畑を有する農山村地域である。地域内の柿畑は、最大傾斜20度を超える急斜面が8割を占め、柿の大規模経営を行う地区長の西室勝一氏は、奈良県農業総合センター果樹振興センターへ、柿などの農業経営の将来について相談に訪れていた。また、栃原で建設機械・観光バス等のレンタル業を営む株式会社大紀社長清水益成氏は、祭りの際の臨時バスの運行や地域内の交通の要所に直売所「栃原道しるべ」を建設(平成19年)し、これを農家が協同して運営するよう仕向けるなど、危機感をバネに営農意欲を高める取り組みが地域から興されてきた。
しかし、地域の退勢を食い止めるには至らず、次の一手が切望されていた。
あと10年、仕事を楽しんでから次の世代にバトンタッチ。
重労働な農業現場の課題を「楽に、楽しく」解決する「らくらく農法」により、これまでより10年、延長して畑仕事が楽しめる環境構築を軸に、無理をしないで楽しく仕事する。知的好奇心を満たし、やりがいを満足させ、十分な日々の糧を得る。心を豊かに養う、ついでに懐も豊かにふくらませる。結果として、働く喜び、学ぶ楽しみ、生きる輝きを実感できる町づくりが目標である。
高齢化と人口減少で閉塞感が充満する世界とは何十年も前から当たり前に付き合ってきた紀伊半島中央部から、輝く未来を発信する。その取組みが、下市町の挑戦である。
特になし
特になし
特になし
平成25年度 柿の里持続活性化事業(過疎集落等自立再生対策事業-総務省)
平成26年度~ 農村資源を活用した地域づくり事業(奈良県)
http://www.soumu.go.jp/main_content/000283922.pdf
http://www.pref.nara.jp/secure/98324/tiikidukuri2604.pdf
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「らくらく」は多様な組織の参加を得て、集落点検・住民の健康・体力把握から栽培技術・電動車開発までそれぞれの役割分担の下、地域資源や人材を投入して実施した。その内容は以下のとおりである。
〇「らくらく農法」研究グループ
奈良女子大学 寺岡教授: 総括グループ(事業全体の総括・調整と進行管理)
奈良女子大学 寺岡教授: 集落点検グループ(コミュニティの実態把握と文化資源発掘/畑の守りたいマップの作成等)
奈良県農業研究開発センター: らくらく栽培グループ(らくらく栽培技術の開発)
三晃精機株式会社: らくらく電動運搬車グループ(小型電動運搬車の改良開発)
奈良女子大学: PPKグループ(コミュニティ住民の日常生活と健康・体力の現状把握/バリアフリー畑の高齢者適応性評価)
下市町役場: らくらく現地実証グループ(事業成果の拡大のための政策的試行)
役割分担の下、以下の協力を得て実施。
集落点検グループ:奈良県果樹振興センター、大紀リース㈱、「栃原みちするべ」組合等
PPKグループ: 奈良県社会福祉事業団、川田真佐靴工房
らくらく栽培グループ:奈良県農林部、近畿大学農学部、材木屋長兵衛、株式会社シンワ
らくらく電動運搬車グループ:奈良県社会福祉事業団、奈良県工業技術センター、京都大工学部、GS湯浅㈱
11 プロジェクト推進の協力者等に示す通り。
「らくらく農法プロジェクト」の開始
平成22年、栃原区長の元に、奈良女子大学寺岡教授と農業研究開発センターとで共同研究事業計画の相談を持ち込んだ。独立行政法人 科学技術振興機構社会技術研究開発センター(RISTEX)の「コミュニティで創る新しい高齢社会のデザイン」に応募する事業計画である。
栃原区長は、町としてのプロジェクトへの協力を依頼・確認し、両者との関係を深めて行った。
更に翌23年地元企業をメンバーに加え、1年をかけてち密な情報交換・協力体制を組み、平成23年10月、「高齢営農者を支える『らくらく農法』の開発」プロジェクト(らくらくプロジェクト)がスタートした。
らくらくプロジェクトは、「農村地域の高齢者こそわが国の地域対策の要である」との信念のもと、高齢で農業を諦めようとしている営農者が、更に10年現役を続けられるようにすることを目標として計画された。4つの研究グループからなり、地域の実情を掘り下げる「集落点検」グループ、地域住民の身体状況を把握し改善を目指す「PPK(ピンピンコロリ)」グループ、高齢者の農作業をサポートする機器開発を行う「電動運搬車」グループ、柿葉生産を軸に農作業現場のユニバーサルデザイン化を目指す「らくらく栽培」グループが編成され、寺岡教授をリーダーとする共同研究体制が組み上げられ、下市町役場、栃原自治会、奈良県とも協同体制が構築され、県内外の研究者、事業者、マスコミ等の協力を取り付けていった。
らくらくプロジェクトを構成する4つの研究の具体的内容とそれらが下市町、集落、町民等にもたらした効果等は以下の通りである。
①「集落点検」
集落点検によって、栃原地区の地勢や土地利用状況、住民や栃原地区から出た血縁者に関する情報などが収集・整理され、地区住民が地域の衰退防止・発展方策について議論する上での基礎資料として提供された。特に営農の継続性や地区外へ出て行った元住民の動向に関するデータは町としても調査したことがなく、今後の町政の進め方に大きく寄与する情報となった。更に、町では奈良女子大の指導のもと谷地区と平原地区で集落点検を実施し、地域の処方箋を作り町政に反映させる上で、大変貴重な調査方法を得た。
また、寺岡教授らが引率する大勢の奈良女子大学の学生が、栃原地区を中心に町内の活動に参加するなどで訪問することが、地域住民に大きな刺激を与え、その後の様々な取組みへの積極的な姿勢に繋がった。
②からだ点検とらくらく体操
頑健で柔らかい身体を維持していると考えていた高齢の農業従事者が、意外に体が固く、力も一概に強いとはいえないことが明らかとなった。このことは、営農を続けるために必要な条件を検討する上で貴重な情報となった。また、農作業で疲労が蓄積する箇所の特定とその疲労を軽減・解消するために考案された「らくらく体操」は、地域住民、特に女性の間で好評であり、体操を覚えて地域の高齢者等に普及していきたいという意欲を喚起することに成功した。
③電動運搬車らくらく号
従来のエンジン式運搬車は操作が煩雑で緊急停止などの安全対策も進んでおらず、現在でも、高齢営農者が作業中に起こす事故原因のトップ3になっている。地元企業と国立奈良工業高等専門学校は、急峻な地形でも荷物を積んで確実に動作し、かつ高齢者でも簡単に操作できて危険時には難しい操作なしに確実に停止する、新しい電動運搬車を試作した。試作車は、栃原地区の柿生産者による試験運用でもその能力の高さが評価された。そこで町としても電動運搬車の利用価値が高いと判断し、過疎集落等自立再生対策事業の目玉の一つとして同機を導入し、柿生産者に貸与することを決めた。平成26年5月現在、3台のデモ機が現場に導入され、活躍している。
④柿葉のらくらく栽培技術の普及と販売先の確保
奈良農研セでは、「重くて大変な果実生産から軽くて楽な柿葉生産へ」シフトすることを骨子とした柿の「らくらく栽培」技術を開発するとともに、奈良県特産の柿の葉すしを生産販売する「柿の葉すし総本家平宗」を柿葉生産者に紹介し、販売ルートの確立と生産振興を推し進めた。更に、技術の普及と柿葉生産を広げていくための栽培展示圃場を栃原区内の柿畑に設けた。柿葉生産は年々拡大し、平成24年16万枚、25年24万枚が平宗に納められた。26年については40万枚を目標としており、4人でスタートした生産者も、平成26年現在9人まで拡大した。そのメンバーが共同して、柿葉の生産販売組織「農事組合法人 旭ヶ丘生産販売協同組合」が設立された。
更に薬草などの栽培指導など、組合の安定的な経営の確立に寄与する活動を得て、組合として積極的な営業活動が続けられている。町としても、同組合を下市町活性化の起爆剤の一つとして支援して行く体制を固めている。
平成22年 奈良女子大学と県農業研究開発センターとで共同研究事業計画を栃原地区に提案
平成23年 地元企業も含め情報交換・協力体制を組む
平成23年10月 「高齢営農者を支える『らくらく農法』の開発」プロジェクトをスタート
平成25年7月 下市町地域づくり推進課設立
平成25年9月 下市町観光協会発足
平成25年 過疎集落等自立再生対策事業(総務省)採択-「柿の里」の持続活性化事業
平成26年 柿葉の生産販売組織「農事組合法人 旭ヶ丘生産販売協同組合」設立
平成25年度 約11,000千円(元気印、過疎自立、観光協会)
平成26年度 約22,000千円(元気印、観光協会、徳永クリエイティブ 等)
奈良女子大学 寺岡教授
奈良県農業研究開発センター
三晃精機株式会社
奈良県果樹振興センター等
下市町における推進主体は地域づくり推進課であり、「らくらくプロジェクト」や「下市町観光協会」など町内の関係団体、地元自治会、NPO法人等と密接な連携をはかりながら施策の立案・実行に携わっている、産・官・学・民の組織・団体による協働体制が構築されている。
特に「らくらくプロジェクト」については、平成26年4月から「らくらく現地実証グループ」として「高齢営農者を支える「らくらく農法」の開発」プロジェクトのメンバーとなり、開発された社会技術の地元での主体的な展開・関連施策への反映・展開手法の開発を目的に活動を開始している。
【中核的・直接的な協同関係組織・団体】
<学>奈良女子大学、奈良高専
<官>下市町、奈良県農業研究開発センター、奈良県南部東部振興課、奈良県立総合リハビリテーションセンター
<産>株式会社大紀、三晃精機株式会社、株式会社柿の葉すし総本家平宗、石井物産株式会社、
<民>下市町栃原区自治会、下市町平原区自治会、農産物直売所みちしるべ、NPOどろんこ畑、波比売神社、農事組合法人旭ヶ丘農業生産販売協同組合、徳永家具工房
①目標が明確であったこと
「らくらくプロジェクト」は、高齢者が10年長く現役で楽しく畑で働けることを目標にした取組みである。しかも、取組む高齢者に対して新たな投資や技術の習熟などの負担が極力少なくなるよう、敢えて高齢者に馴染みの深い既存の柿畑をそのまま活かして柿葉生産を行うというパラダイムシフトを実現した。このように目標が明確で、現状の連続線上で、より簡単に行うことが可能な取組みである。
②プロジェクトが細部に至るまで計画され、役割分担のもとに多様な機関・人材が参加したこと
奈良女子大学寺岡教授と奈良県農業総合センター濱崎総括研究員が協働して持ち込んだ共同研究事業計画は緻密な企画であった。4つの研究グループからなり、地域の実情を掘り下げる「集落点検」グループ、地域住民の身体状況を把握し改善を目指す「PPK(ピンピンコロリ)」グループ、高齢者の農作業をサポートする機器開発を行う「電動運搬車」グループ、柿葉生産を軸に農作業現場のユニバーサルデザイン化を目指す「らくらく栽培」グループが編成され、さらに、県内外の研究者、事業者、マスコミ等の協力を取り付け、組織化されていった。
③専門部署(地域づくり推進課)設置により業務横断的取組が可能となり、庁内での認知も進んだ
当初は、業務の縦割りにより、担当間の連携不足などがあったが、地域づくり推進課が設立されてからは業務横断的な取り組みができるようになった。一方、「らくらくプロジェクト」が地域づくり推進課がすべての窓口になったことにより、他課が無関心になることが懸念されたが、らくらく体操等の他課の協力や、プラチナ大賞に応募し、町長自身がプレゼンを行ったことによる庁内の関心度の一層の高まりがあった。さらにプラチナ大賞での優秀賞受賞により、町内外に取り組みを広げることができた。
①らくらくプロジェクトの効果
重量があり世話も大変な果実生産から軽くて世話も楽になる葉生産へのシフトは、高齢営農者からなかなか受け入れられなかった。農家の果実生産に対するこだわりや誇り、未知の取組みに対する忌避感、そして何よりも柿葉が実際に儲かるのか、という経済性への不安などの課題に対し取組みが甘かったためであった。そのことを反省し、方向修正を行う中で、「営農可能な時間を10年延長しよう」という主旨に賛同した農家数名が進んで柿葉生産に取組むとともに、周りの高齢農家へも積極的に柿葉を勧め、柿葉の生産販売組織「農事組合法人 旭ヶ丘生産販売協同組合」を設立した。その取組みの中で、高齢を理由に柿農家を辞めようとしていた方が、「柿葉ならできそうだ」と引退を撤回、新たに柿葉農家として畑仕事を再開する事例が生まれたことは、「らくらくプロジェクト」の目標がまさに実現した瞬間であった。今後、「柿葉は楽だ」、「柿葉は儲かる」ということが高齢営農者の間に浸透するにつれ、このような「営農を諦めない」高齢者が更に増え続ける事が期待される。また、電動運搬車の普及は、そんな高齢者の作業をサポートする装置として、欠かせない道具になっていくだろう。その受け皿として旭ヶ丘協同組合が機能し、その他の品目や農産加工など各種取組みへの広がりが定着していき、「楽に」、「楽しく」、「仕事を10年延長」する「らくらくプロジェクト」の目的が達成されると、町としても大きな期待を寄せている。
②マスコミや県外へのアピール
らくらくプロジェクトの取組みは内外で注目を集めた。町でもその取組みを町内CATVで流し、成果報告シンポジウムでは町民に宣伝の折込チラシを印刷・配布するなどの情報提供を積極的に行ってきた。更にプロジェクトとして内外に積極的な宣伝広報活動を実施しており、下市町そのものへの注目度が高まってきている。
③「らくらくプロジェクト」以降のプロジェクト展開
「らくらくプロジェクト」は、単に事業の成果をもたらしただけではなく、その取組みをきっかけとして、下市町に以下のような様々な新たな動きを生み出した。
・下市町地域づくり推進課の設立
業務の縦割りは行政組織の宿痾であるが、かねてから町長は総合的な地域振興の必要性を痛感し、新たな組織づくりを画策していた。「らくらくプロジェクト」は、その構想を実現する上で大きなきっかけとなった。
プロジェクト発足当初の役場と「らくらくプロジェクト」の関係は、全体の窓口として企画財政課が担当したが、「集落点検」は情報システム課、「らくらく栽培」は建設産業課の担当であり、担当課間の連携不足や意欲の濃淡が見られ、必ずしも盤石の体制とはいえなかった。そこで、平成25年7月、総合的に下市町の活性化に取り組むことを目的として、業務横断的な地域づくり推進課が町長の決断で新設された。
活動は1年足らずであるが、それぞれの部署から関係する担当者を一箇所に集めた効果は大きく、「過疎地域自立促進計画」に基づく施策立案・実行がよりスムーズになった、「らくらくプロジェクト」との連携がより密になり、その活動から生じた様々な新たな動きへの対応を即座に打てるようになっている。また、地域への働きかけや関係団体との協議なども、以前にも増して活発に行われるようになった。
・海外との連携
平成25年7月、「らくらくプロジェクト」の取り組みを知ったトルコ共和国アクデニズ大学文学部ジェロントロジー学科のイスマイル・トゥファン教授と村上育子講師が、下市町栃原へ視察に訪れた。トルコのオリーブやオレンジなどの栽培地も急傾斜の山間地で、営農者の高齢化が大きな課題となっている。
「らくらくプロジェクト」に興味を持ち、視察に訪れたイスマイル教授らを急傾斜の柿園や高齢者対策として柿の葉生産に特化した「らくらく農法」展示圃場へ案内し、電動運搬車らくらく号のデモ運転等、栃原地区の生産者数名との意見交換会やさらに三晃精機に案内し、電動運搬車の開発状況を詳細に開示した。その成果はイスタンブール市のHPで紹介された他、大学での講義でも紹介された。
・ごんた餅の開発
らくらくプロジェクトの目的の一つに、栃原地域の歴史・伝承文化や食の発掘・発見がある。平成25年9月、奈良女子大学で、「栃原食の交流会」が開催された。これは、プロジェクトにより再発見されたかつての食生活の品々を、栃原地区女性グループむつみ会のメンバーと奈良女子大学学生らの手で再現する取り組みである。いくつかのバリエーションが工夫された後、平成26年2月に下市町交流ホールで開催された2013年度成果報告シンポジウムで披露された。町のイメージキャラクターごんたくんにちなみ、これを「ごんた餅」と命名、形状についても、下市町が割り箸の産地である事から、きりたんぽのように割り箸の軸へ餅を巻きつけて焼きあげる形が提案され、町の新うまいもんB級グルメとして、生み出された。
・下市町徳永クリエイティブビレッジ
平成25年4月、吉野杉を使いたいと希望する創作家具作家への協力を依頼されていた。以前から下市町の林業振興へのきっかけを模索していた森林組合ではこの提案を快諾、町役場や県南部東部振興課に働きかけた。県南部東部振興課では、音楽、絵画、陶芸などの芸術家・文化人を県東南部の山間部に定住させる芸術村の設立事業「奈良県クリエイティブビレッジ」を立案しており、その取組みの中に作家を組み入れ、実施主体である下市町とともに事業の具体化を図った。平成26年4月には下市町と奈良市で展示会を開催、旧施設を改装して平成26年10月末より工房主宰者と研修生5名、計6名でkanna-finish工房が下市町内に開設されている。
・薬草
下市町は古くより漢方薬原料の薬草生産が盛んであり、幕府直轄の薬種園が設けられていた事が明らかとなった。そこで、下市町は観光と薬草生産を軸に薬草振興計画を立案した。(株)大紀は保有する2haの農地へ大々的にシャクヤクを植栽、美しい花と、トウキに並ぶ需要を有する芍薬根の生産を進めるため、らくらくプロジェクトサブリーダーに相談した。薬草は比較的手間がかからない高齢者向けの作目の一つであり、ちょうど県、国とも、薬草生産振興を重要施策として取り上げたタイミングでもあったことから、平成26年4月、奈良県農業研究開発センターに新たに設置された果樹・薬草研究センターで、栽培研究と現地指導を行うことになり、取組みが進んでいる。
・元気印事業
今後、維持・存続が危ぶまれる集落の課題について、集落の住民が自ら考え、行動する意識の醸成を図り、地域活性化に意欲的に取り組む集落を支援し住民発の元気な集落づくりを推進する事業で、平成24年度に事業化された。内容は集落づくりなどのスタートアップ支援を目的とした「元気印集落」支援事業と、具体的な事業を支援する「元気印集落」活性化推進事業の2本からなる。「らくらくプロジェクト」も活用し、地域の実態の把握と地域住民主導の事業計画策定を支援する。現在、「花・葉っぱで『元気』プロジェクト」として、栃原、平原の2地区で取り組みが始まっている。
・過疎集落等自立再生対策事業 「柿の里」の持続活性化事業
過疎集落等自立再生対策事業は、総務省が過疎地域等における喫緊の諸課題に対応する事業を支援するため、過疎地域市町村等に対して交付金を出す事業である。下市町では、「柿の里の持続活性化事業」と題し、「らくらくプロジェクト」をベースに計画を立案、平成25年度補正予算で採択を得た。事業は、①高齢者の営農を支える事業、②特産品加工事業、③交流活性化事業、④障害者等農業体験交流事業の4本柱からなり、具体的には、農産加工施設の整備、直売所へのPOSシステム導入や電動一輪車を導入し、現場にリースするハード事業と、交流イベントの開催、パンフレットの作成、農産加工品開発支援などのソフト事業の組み合わせである。
・下市町観光協会の設立
これまで、下市町には観光事業への積極的な取り組みはあまりなく、町内には多くの保養体験施設や歴史文化遺産等個々には優れた観光資源があるにも関わらず、それらをうまく活用することができていなかった。そこで、下市町は観光協会の設立を企図、その事務局を地域づくり推進課に設置するとともに、地元にも協力を呼びかけ、平成25年9月に下市町観光協会を発足した。観光協会には実行部隊となる5つの部会があり、農業での地域活性化を目指す農業部会も設けられた。
「らくらくプロジェクト」は、地域の恊働のなかでの<産業起こし>となっており、これに続くプロジェクトの多くが<経済的自律へ>という方向を有している。プロジェクトを契機として立ち上がった「農事組合法人旭ヶ丘農業生産販売協働組合」は、柿葉を販売し年々ほぼ倍々ゲームで売り上げをあげている。また、農作業用の電動運搬車は最終的に商品として広く販売する予定であり、電動一輪車については現段階でユーザーの希望にみあう価格帯での供給が可能な水準までになっている。
また、本プロジェクトに続く地域食として再発見された郷土料理を改良して生まれた「ごんた餅」は、直売所やイベントでの試験販売で瞬く間に売り切れる人気を博し、今後大きな利益をあげることが見込まれる。「集落点検法」は他集落での調査に応用され、「らくらく体操」は教本や参考映像データの提供が地元から強く求められている等積極的にこれらに参加する住民が増加している。現在では行政と上手に連携を図りつつ、事業に立ち向かう野心と独立心豊かな地域住民が育まれている。
①柿葉については27年度には50万枚を超える需要が予測されており、これに伴い生産者の拡大・確保が求められている。
②柿の葉寿司の柿葉に活用できる比率は2~3割程度であり、活用できない規格外品についてはその有効活用が求められている(柿の葉についてはコレステロールの低下や高脂血症、動脈硬化に効果があるとされ、研究が進められている)
①栃原地区に加えて、御所市、葛城市、天理市など県内の他地域でも柿の葉の栽培の気運が高まっていると共に、下市町内の他地区においても、柿の葉栽培に向けた話し合いが始まっている。
②柿の葉の研究開発や柿葉以外の産物への試行等技術的・産業的広がりが見られ始めている。
認知度アップのための情報発信が重要(下市町の場合は、町営CATV・ホームページ・SNS・町長等が挨拶時に紹介等を実施している)
・産官民学の連携(下市町の場合、寺岡教授のリーダシップ、栃原地域の協力・危機感・やる気、行政(県・町)のやる気・協力 等)
・行政視察の実施、農事組合法人への視察の増加
・大学等の手法を学び、元気印事業等に活かす。また、ワークショップの進め方、資料の作成法、プレゼン手法習得などにより、町職員の能力向上につなげる→H26.11開催の奈良県市町村政策自慢大会で大賞を受賞。