【背景・課題、目的・目標】
少子化により島唯一の高校である隠岐島前高校(以下、島前高校)は、入学者数が平成9年77人から20年には28人に激減、廃校の危機に瀕していた。高校がなくなると、島の子どもは、15 歳で島外に出ざるを得なくなり、その仕送り等の金銭的負担などから、親共々引っ越すなど人口は流出、UI ターンも来なくなり、自立への取組が水泡に帰す。学校の存続は地域の存続と直結する問題であるとの認識のもと、このピンチを教育改革と未来を担う人づくりを躍進させるチャンスと捉え、地域総がかりで魅力ある学校づくり・人づくりを進めるための構想を平成21年2月策定した。平成21年度より『学校の存続が地域の存続と直結する問題』との認識の下、魅力ある学校づくりを目標に教育や学校をテコにした具体的な取組みを開始した。この取組みは、知恵や経験を蓄積した高齢者が次世代の人づくり、具体には地域起業家的人材の育成に参画する仕組みをつくることで、高齢者も地域も日本の未来も元気にしていく新たな挑戦である。取組みの目標は以下の通り。
①魅力ある学校づくりとこれを通した子どもと若い家族の教育での移住
②将来の地域を担うひとづくり-産業・雇用を創出する地域起業家的人材の育成
③地域の魅力づくり-地域の人々の教育への参加による智の循環と地域の活性化
【取組内容】
「魅力化の会」」等の設置
県の管轄である島前高校との議論の場がないことから、これを議論するための場づくり、地域の危機感と認識の共有を目指し、平成20年3月「隠岐島前高校の魅力化と永遠の発展の会(以下「魅力化の会」)」を設置、その下に実働する産官学協働のワーキングチーム(後に「魅力化推進協議会」)を立ち上げ、お互いが同じ土俵で議論する場を設け、議論を開始、平成21年2月に「島前高校魅力化構想」を策定した。
②地域で新たな事業や産業を創る人材の育成を目指す総合学習や独自カリキュラムの作成・活用
平成22年4月、『島がまるごと学校』『出逢うすべての人が先生』というコンセプトのもと、教室で教師と教科書による学習に留まらず総合的な学習の時間や地域学等のカリキュラムを導入、現場で多様な人との交流・体験からの学習や生徒たちが自分のやりたいことと地域の課題を組み合わせて学習する等課題解決に向けた授業を展開。
③学校-地域連携型の公営塾「隠岐國学習センター」を創設
平成22年4月、学校-地域連携型の公設塾「隠岐國学習センター」を立ち上げ、一人ひとりに応じて学力と人間力を伸ばすカリキュラムを進めている。また、スカイプやユーストリームなどのICTも利用し、エネルギー問題に興味がある生徒はICTを活用して北欧の専門家にインタビューする、あるいは東京の高校生との議論を行うなどの取組を実施している。
④学校と塾が連携して教育を実践
当初は反目もあった学校と塾が生徒のために協力して最善を尽くすというスタンスを徹底、情報共有や指導方針をすり合わせながら連携して指導している。
⑤全国から意欲ある生徒の募集を行い、「島留学支援制度」も新設
少子化の島の中では、産まれや育ちが似た均質化集団の子どもたちが育っていくため、価値観や人間関係が同質化・画一化して内向きになっていく傾向がある。異文化・多様性を学校内に取り込み、刺激や競争意識を生み出すために、全国から意欲・能力の高い島留学生の募集を開始、町から寮費や里帰り交通費を補助する「島留学支援制度」も設けている。
なお、①島前高校内に配置する魅力化スタッフ4名の費用、②「隠岐の国学習センター」の運営に係る費用、③島留学生のための寮建設、留学支援制度資金 は町費で負担している。
【成功要因】
1)『魅力化』を目指すべき姿に据えたこと
島前高校の存続を目的とすると、例えば島前の子どもの囲い込みや廃校にならないための陳情や反対運動などの手段に訴える等無理が生じてしまう。島前高校の理想の姿を考え、中学生が『行きたい』、保護者や教員が『行かせたい』と思う『魅力化』を視点に据えたことで目指すべき高校の姿と必要な機能が明確に議論された。
2)危機意識の共有と改革の推進母体の設立
島前地域3町村が一体となった検討組織「魅力化の会」」、および「魅力化推進協議会」を立ち上げた。ここで島前地域三町村長、議長、総務課長、PTA会長、学校関係者、住民、保護者等も含め徹底的な議論と進むべき方向が示され、推進の基盤となっていった。
3)教育人財のスカウト及び活躍を後押しする組織
目指すべき高校の姿、必要な機能が明確にされる中で、高校はもちろん学習センターなどこれらを具体に担った方々は岩本悠をはじめとして“そともの(外来者)”である。地域起業家的人材を育成する新コースや学校―地域連携型公設塾の立ち上げ、島留学の創設等そのアイディアと実行はこれらの“そともの”が担ってきた。一方で、これらの人材をスカウトし、その活躍の場を創り、時に走り過ぎを諌めながら後押しをしてきた町長、役場、議会、民間企業経営者等の存在がある。
4)逆転の発想
『島にはコンビニ、ゲームセンター等がない。だから忍耐力や粘り強さが育ち、“あるもの”を活かして豊かに生きていく知恵がつく』など、”ものが無い”からこそ人との協働や思いやりの意識が生まれる。『不便・不自由だからこそ』と弱みを強みに読み替える『逆転の発想』で社会にアピールをしていった。
5)役割分担と多様な協働
本取組の成功は協働である。様々な面で協働が行われ、実践的な教育が可能となっている。また、地域活性化の源は交流にある。交流が異質なものを取入れ、多様性を生み出し、互いに変化を促し、成長をもたらす。
①高校の中に、民間企業経験者であるコーディネーターやスタッフ等が席を置き、学校の中から地域とのコーディネートを推進している。
②民間事業者や住民が入っている推進協議会は生徒達の観光事業実践の支援、インターン先の事業所開拓や地域人材の紹介などソフト面からの協力を行っている。
③首長や議員等が入っている「魅力化の会」はキャリア教育の推進に資金や施設・設備等の支援などハード面を中心とした協力を行っている。
④県立高校と3町村、県が連携した取り組みであるが、昨年度は離島振興法の改正とともに、「公立高等学校の適正配置及び教職員定数の標準等に関する法律」が改正されるなど国との連携・協力も進んでいる。
【成果】
①自主性のある取組による多様な進路の実現
取組みを開始以来、早稲田大学、筑波大学、広島大学等への進学や、八角部屋(相撲)、郵便局、銀行等への就職など、今までにはなかった進路が実現できるようになってきている。卒業後も、島と東京を繋ぐ人材ビジネスを構想し、ビジネスプランコンテストで入賞したり、自分の夢に近づくよう社会活動や留学、海外体験を自主的に行うなど、卒業生が活発に動くようになっている。また、複数の大学から「社会教育を実践している島前高校だから」という事で推薦入学枠を戴いており、その教育は大学等で評価されている。
②多様な島外留学生を含めた生徒数の増加
取り組みを始めた平成20年89名から25年には140名へと島前高校の生徒数は増えている。今年度の新入生の4割強は東京や東北、ドバイなど島外からの子どもであり、インドネシアやドイツなど海外体験が長い生徒など多彩な子が集まり、刺激を与え合っている。また、生徒増により定員が40名から80名へを学級数増加が実現し、教職員数も平成20年15名から25年27名に増えている。
③島外からの移住者の増
島外からの生徒数の増加により寮は子どもで一杯になり、寮を新設している。また、高校生だけではなくその親も一緒に移住するケースも出てきている。平成18年から24年の7年間で361人、246世帯のIターン者と204人のUターン者が海士町に来ている。
④高齢者等の活性化
知恵や経験を蓄積した高齢者が次世代の人づくりである『地域起業家的人材の育成』に参画する仕組みをつくることで、高齢者も地域も元気にしていく新たな挑戦が始まっている。
⑤地域および地域産業の活性化への貢献
生徒により発案された『人とのつながり』を観光資源と捉えた新たな地域観光の企画は、観光プランコンテスト「第一回観光甲子園」でグランプリを受賞した。生徒たちがその観光企画『ヒトツナギ』を継続的に実施していることで地域内にもその動きが波及し、それに類する企画やツアー、ガイドブック(「海士人」英治出版)などが生まれてきている。
⑥島と関わる卒業者の増加
卒業後も、「島前高校や島前地域に恩返ししたい」と言って、東京で地元産品の売り込みを行ったり、ICTを活用し、世界の潮流や最先端の知見に触れるイベントを島で開催したり、島前の中学校や島前高校で卒業生たちによるキャリア教育の企画を進めるなど自発的な貢献活動が実施されている。
日本海に浮かぶ海士町は、高齢化率で日本の30年先を行く38%である等課題先進国日本における課題先進地である。海士町には財政難や人口減少、少子高齢化という島国日本の課題が詰まっている。
「三位一体の改革」による町税にも匹敵する地方交付税の大幅な削減により、海士町は存続さえも危うい緊急事態に直面する。そこで住民代表と町議会と行政が一体となって、島の生き残りを掛けた「海士町自立促進プラン」を平成16年3月策定する。それは行財政改革によって『守り』を固める一方で、『攻め』の方策として新たな産業創出を強力に推進する戦略の両面作戦であった。『守り』では平成16 年度から町長以下助役・教育長、管理職、そして議会から給与カットが始まったが、職員組合からも自主カットの申し出があり、これも実施した。『攻め』とは地域資源を活かし、第1次産業の再生で島に産業を創り、島に雇用の場を増やし、外貨を獲得して、島を活性化することであり、『攻め』の実行部隊となる産業3 課を設置、現場第一主義の体制づくりを行った。平成16年6月、17年7月「地域再生計画」の認定を受けて、島全体をデパートに見立て、島の味覚や魅力をまるごと全国にお届けする『地域再生戦略~島まるごとブランド化で地産地商~』を策定、あらゆる支援措置を活用して、自然環境を活かした第1 次産業の再生で先駆的な産業興しに取り組んだ。このような事業に取組む中で島前高校の廃校が持ちあがった。
少子化により島唯一の高校である島前高校は、入学者数が平成9年77 人から平成20年28人に激減、全学年1 クラスになり、廃校の危機に瀕していた。高校がなくなると、島の子どもは、15 歳で島外に出ざるを得なくなる。子ども一人につき3 年間で450 万円という仕送り等の金銭的負担などにより、親共々引っ越すなど人口は流出、UI ターンも来なくなり、自立への取組が水泡に帰す。学校の存続は地域の存続と直結する問題である。そこでこのピンチを教育改革と未来を担う人づくりを躍進させるチャンスと捉え、地域総がかりで魅力ある学校づくり・人づくりを進めるため「隠岐島前高校の魅力化と永遠の発展の会(以下「魅力化の会」」を平成20年3月立ち上げた。「魅力化の会」は島前三町村の首長、議長、教育長、校長、PTA会長などで構成される最高意思決定機関であるが、その下に実働する産官学協働のワーキングチーム-後に隠岐島前高校魅力化推進協議会に発展(以下「魅力化推進協議会」-を組織、平成21年2月構想を策定し、平成21年度より具体的な取組みを開始した。
海士町では『学校の存続が地域の存続と直結する問題』との認識の下、魅力ある学校づくりを目標に「教育」や「学校」をテコにした持続可能なまちづくりを進めている。この取り組みは、知恵や経験を蓄積した高齢者が次世代の人づくり-特に日本の文化や価値観を活かした地域起業家的人材の育成-に参画する仕組みをつくることで、高齢者も地域も日本の未来も元気にしていく新たな挑戦である。取組みの目標は以下の通りである。
①魅力ある学校づくりとこれを通した子どもと若い家族の教育目的での移住
生徒が行きたい・通いたいと集まってくる魅力ある学校づくりを目指す。そのため数値目標を設定した。一学年2クラスの復活のために、45%に低下している島前地域からの生徒入学率の増加および既存の学校に満足しない全国の意欲・能力ある島外からの入学者の増加を魅力化の指標に置いた。
また、魅力ある教育づくりを通して、子育て世代の若者の流出を食い止めるとともに、逆に若い家族の教育目的での移住を、UIターンに繋げることとした。
②将来の地域を担うひとづくり-産業・雇用を創出する地域起業家的人財の育成
「雇用の場・仕事がない」を理由に若者流出が止まらない地域の現状を打破するため、コミュニティー・アントレプレナーシップ教育を展開する。少子高齢化や財政難といった日本が抱える課題の最前線であるというメリットと、社会の縮図として全体観を捉えやすい小さな離島という特性を活かし、この島での課題解決型学習を通して、これからの社会を切り拓いていく人材を育成する。
③地域の魅力づくり-地域の人々の教育への参加による智の循環と地域の活性化
高齢者などが島に留学してきた子供の“島親”になるなど地域の高齢者との交流が深まる中で、子どもや生徒たちが高齢者など地域の人々と協働で地域の課題解決に取り組む機会が増えていく。生徒たちは高齢者の豊富な経験や知恵も学び、高齢者側も「人との交流」「前向きな思考」「新しい概念の受容」による刺激を受け、健康と活力を維持・活性することが期待される。このような交流のなかで智の継承と創生が生まれ、まちづくりと人づくりの循環構造が造られていく。
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公立高等学校の教職員定数は、「公立高等学校の適正配置及び教職員定数の標準等に関する法律(以下標準法)」によって各学校の学級・生徒数を基礎として全国一律の基準で算定されている。全学年1クラス全校生徒100名程度の離島の小規模校では教諭等は8名と算定されて少なく、専門教育など高校の機能維持が不可能である。
町で資金手当てを行うことで、島前高校内に町が雇用する魅力化スタッフ4名の確保を図った。県からの物理教員1名と司書1名を含め、隠岐國学習センターのスタッフとして6名を配置した。
平成25年には離島振興法の改正に伴い、長年の悲願であった標準法の改正が結実した。標準法の改正に伴い加配5名、そして寮に入居する島外生の増加と学級数の増加に伴う教員も6名増加となり、これらの教職員等の増加により、少人数教育などやれることの可能性が大幅に広がった。学級増による教員定数増と標準法の改正による離島加配を受けて、習熟度別指導や少人数指導を充実させている。
平成25年度 過疎地域等自立活性化推進事業(総務省)
「移住・交流・若者の定住促進対策」
平成23年度 離島の活力再生支援事業(国土交通省)
「島まるごと教育ブランド化事業」
http://www.mlit.go.jp/common/000149671.pdf
平成22年度 過疎地域等自立活性化推進交付金(総務省) 9,224千円
「教育のブランド化(子育て島構想)による若者定住促進事業」
http://www.soumu.go.jp/main_content/000148368.pdf
①岩本悠氏
平成18年、ソニーで研修を担当中出前授業で来島し、その後島前高校の存続を目指して海士町にIターンし、「魅力化の会」の立ち上げ、魅力化のための具体的なビジョンづくり、戦略づくりに取組んできた。平成19年度より教育委員会で『人づくりからまちづくり』を推進。現在は、島唯一の高校を基点に、地域起業家的人材を育成する新コースや学校―地域連携型公立塾の立ち上げ、全国から多彩な能力や意欲ある生徒を募集する島留学の創設など、地域をつくる学校づくりに取組んできた。
②島前高校魅力化推進協議会-三町村の行政、議会、民間、住民
ワーキンググループとして「島前高校魅力化構想」の戦略策定を行ってきた。戦略策定後協議会として発足、具体的な施策を検討・実施する役割を果たす。取組みは三町村の行政、議会、民間、住民が熟議を重ねてつくった構想に基づき進められており、地元海士町の10年間の総合振興計画にも位置づけられている。また、特色ある教育活動も学校のカリキュラムに明確に位置づけられているため、学校設定科目をはじめ、既存科目、部活動、課外活動等で継続的・計画的に行われる体制になっている。
③島前高校に配属された社会教育主事
通常、教育委員会に籍を置き、親を集めて講座を開催するなどが業務であるが、今回は高校に籍を置き、地域住民との連携を行う役割を担った。具体的には高校で行う社会教育の現場に地域住民を活用していく、「魅力化の会」の事務局業務や島親の依頼を行うなど地域人材を高校教育に活用していく役割を担った。
県立高校での取組みであり、県の理解が不可欠と考え、教育委員会に現場を見てもらった。知事、教育委員長の共感も得られ、島前高校では県外から受入生徒の上限4人を撤廃するなど制度の変更等を支援を受けた。トップの意識が変わることで、県の教職員の意識も変わり、支援に繋がった。
①既存の枠組を超えた組織での産官学による取組推進
三町村の行政、議会、民間、住民が熟議を重ねて構想を作成。その後、民間経営者、ボランティア団体代表、教育関係者、住民有志などで構成する学校魅力化の推進組織と、学校-地域連携型の塾など、既存の枠組みを超えた組織を立ち上げ、構想に基づき産官学が連携して取り組みを推進した。
②教員以外の職員の学校内への常駐
学校内に教員以外の都市部出身の民間企業経験者や島出身の教育関係者(社会教育主事)などを常駐させ、授業、部活動、課外活動など教育活動全般において学校と地域・社会を結ぶコーディネーションを進めている。
③大学との連携
島根大学をはじめ複数の大学と提携し、大学の先生を招いての授業、インターシップや大学の研修・研究の受け容れなどを連携して実施している。
①「魅力化の会」の設置
『高校の存続は地域の存続につながる』との認識の下、高校の魅力化を進めることとした。県の管轄である島前高校との議論の場がないことから、これを議論するための場づくり、地域の危機感と認識の共有を目指し、平成20年3月「魅力化の会」を立ち上げ、お互いが同じ土俵で議論する場を設け、議論を開始、平成21年2月「島前高校魅力化構想」を策定した。
②地域で新たな事業や産業を創る人材の育成を目指す総合学習や独自カリキュラムの作成・活用(平成22年4月)。
平成22年4月『島がまるごと学校』『出逢うすべての人が先生』というコンセプトのもと、教室で教師と教科書による学習に留まらず、総合的な学習の時間や地域学等のカリキュラムを導入した。高校に籍を置く社会教育主事と教師が連携してコーディネートし、現場で多様な人との交流・体験からの学習や生徒たちが自分のやりたいことと地域の課題を組み合わせて学習する等課題解決に向け教師がファシリテートする授業を展開している。
③学校-地域連携型の公営塾「隠岐國学習センター」を創設
平成22年4月学校-地域連携型の公設塾「隠岐國学習センター」を立ち上げ、一人ひとりに応じて学力と人間力を伸ばすカリキュラムを進めている。また、地域の大人も巻き込み、各自の興味や問題意識から生まれた課題に取り組んでいく『夢ゼミ』を展開。スカイプやユーストリームなどのICTも利用し、エネルギー問題に興味がある生徒がICTを活用して北欧の専門家にインタビューするなど地理的ハンディキャップを克服しながら全国のプロフェッショナルとの対話の場や東京の高校生との議論の場もつくっている。
④学校と塾が連携して教育を実践
また、当初は反目もあった学校と塾が生徒のために協力して最善を尽くすというスタンスを徹底することで連携が進み、今では学習センターと高校の進路指導部や各学年の担任、教科担当などが定期的にミーティングを行い、情報共有や指導方針のすり合わせを行いながら高校と連携して指導に当たっている。
⑤全国から意欲ある生徒の募集を行い、寮費食費の補助などの「島留学支援制度」も新設
少子化の島の中では、産まれや育ちが似た均質化集団の子どもたちが育っていくため、価値観や人間関係がどうしても同質化・画一化して内向きになっていく傾向がある。そうした状況を打破し、異文化・多様性を学校内に取り込み、刺激や競争意識を生み出すために、全国から意欲・能力の高い島留学生の募集を開始した。島留学生の募集の目的は異文化や多様性を学校内に取り込み、生徒への刺激と高校の活性化を図ることであり、意欲と能力のある生徒を島留学の対象とし、条件を満たす島留学生には町から寮費や里帰り交通費を補助する「島留学支援制度」も設けて実施した。
平成20年3月 「隠岐島前高校の魅力化と永遠の発展の会(魅力化の会)」を発足
平成21年2月 「島前高校魅力化構想~島前地域とともに歩む高校 一人一人の夢の実現を目指して」策定
平成22年4月 学校連携型の公営塾「隠岐國学習センター」を創設、「島留学」制度新設
平成23年4月 「地域創造コース」、「特別進学コース」開始
平成24年6月 「新魅力化構想」素案策定委員会を設立
平成26年2月 「隠岐島前高校新魅力化構想」策定・公表
町費で実施した取組みは以下の通り
①島前高校内に配置する魅力化スタッフ4名の費用
②「隠岐國学習センター」の運営に係る費用
③島前高校の島留学生のための寮建設費用や島留学支援制度の費用
隠岐の國学習センターの塾長に就任した豊田省吾氏ほか学習センターで雇用した人材
①隠岐島前高校の魅力化と永遠の発展の会(「魅力化の会」)
島前地域の三町村長、三町村議長、三町村総務課長、PTA会長、OBOG会会長、島前高校長などで構成した、高校・教育の魅力化と持続可能な地域づくりを目指す会。当初県立高校と町とが同じ土俵で協議する場がないことから当会を立上げ、ワーキンググループで具体的な取組等の検討を行い、当会でオーソライズした。
②隠岐島前高校魅力化推進協議会
島前地域の民間事業者、塾経営者、ボランティア団体代表、地域住民有志などで構成する実働組織。魅力化の会の策定したビジョンの具体的な取組を検討、実践する役割を負う。
③隠岐國学習センター(学校-地域連携型の公設塾)
学習センターの設立にあたり、公設塾の姿を描いて講師とコンシェルジェ役をできる人材として、人材育成会社の学校事業部の責任者をリクルートした。また他県の民間塾と連携した講師の派遣などの取組みにより意欲と能力ある人材の確保を図った。
1)『魅力化』を目指すべき姿に据えたこと
島前高校の存続を目的とすると、例えば島前の子どもの囲い込みや生徒が減っても廃校にならないための陳情や反対運動などの手段に訴えるなど、どこか無理が生じてきてしまう。島前高校の理想の姿を考え、中学生が『行きたい』、保護者や教員が『行かせたい』と思う魅力ある高校となる『魅力化』を視点に据えたことで目指すべき高校の姿と必要な機能が明確に議論され、実現に結びついた。
2)危機意識の共有と改革の推進母体の設立
学校の存続は地域の存続と直結する問題との危機意識を共有し、島前地域3町村が一体となった検討組織「魅力化の会」および「魅力化推進協議会」を立ち上げ、ここで島前地域三町村長、議長、総務課長、PTA会長、学校関係者、住民、保護者等も含め徹底的な議論と進むべき方向が示され、推進の基盤となっていった。
3)教育人材のスカウト及び活躍を後押しする組織
目指すべき高校の姿、必要な機能が明確にされる中で、高校はもちろん学習センターなどこれらを具体に担った方々は岩本悠をはじめとして“そともの(外来者)”である。地域起業家的人材を育成する新コースや学校―地域連携型公設塾の立ち上げ、島留学の創設等そのアイディアと実行はこれらの“そともの”が担ってきた。一方で、これらの人材をスカウトし、その活躍の場を創り、時に走り過ぎを諌めながら後押しをしてきた町長、役場、議会、民間企業経営者等の存在がある。
4)逆転の発想
「島にはコンビニ、ゲームセンター、ショッピングモール等がない。だから忍耐力や粘り強さが育ち、“あるもの”を活かして豊かに生きていく知恵がつく」など、”ものが無い”からこそ人との協働や思いやりの意識が生まれると、『不便・不自由だからこそ』と弱みを強みに読み替える『逆転の発想』を中心に据え、社会にアピールをしていった。
5)役割分担と多様な協働
本取組の成功は協働である。以下のように様々な面で協働が行われ、実践的な教育が可能となっている。地域活性化の源は交流にある。交流が異質なものを取入れ、多様性を生み出し、互いに変化を促し、成長をもたらしている。
①高校の中に、民間企業経験者であるコーディネーターやスタッフ等が席を置き、学校の中から地域とのコーディネートを促進している。
②民間事業者や住民が入っている「高校魅力化推進協議会」は、生徒達の観光事業実践の支援やインターン先の事業所開拓、地域人材の紹介などソフト面からの協力を行っている。
③首長や議員等が入っている「魅力化の会」はキャリア教育の推進に資金や施設・設備等の支援などハード面を中心とした協力を行っている。
④教育委員会のスタッフは、地域と連携したキャリア教育推進に向けてのカリキュラムづくりから地域資源(ヒト、モノ、コト)の紹介、地域学の授業のコーディネートなどを行っている。
⑤公設塾と学校が毎週複数回、進路指導や教科指導等における会を持ち、進路の具体的な方向性や社会人基礎力の育成等、協働しながら生徒の指導に当たっている。「夢探究」や「生活ビジネス」などのキャリア教育的授業にも外部講師として取り組んでいる。
⑥県立高校と3町村、県が連携した取り組みであるが、昨年度は離島振興法の改正とともに、「公立高等学校の適正配置及び教職員定数の標準等に関する法律」が改定されるなど国との連携・協力も進んでいる。
①自主性のある取組による多様な進路の実現
取組み開始以来、早稲田大学、筑波大学、広島大学等への進学や、八角部屋(相撲)、郵便局、銀行等への就職など、今までにはなかった進路が実現ができるようになってきている。また、「30歳で島に戻り、町長になってこの島を日本一幸福度が高い町にしていきたい」「将来、西ノ島に人と人をつなぐ”ヒトツナギカフェ”を開き、私の好きな食を通じて、町をもっと元気にしていきたい」など自分と地域をつなぐ夢を持って進学する生徒が増えている。卒業後も、島と東京を繋ぐ人材ビジネスを構想し、ビジネスプランコンテストで入賞したり、自分の夢に近づくよう社会活動や留学、海外体験を自主的に行うなど、卒業生が活発に動くようになっている。
また、複数の大学から『社会教育を実践している島前高校だから』との理由で推薦入学枠があり、その教育は大学等で評価されている。
また、新入生の1年間の学校生活で「自分の夢ややりたい事の方向性が見えている」、「夢に向かって日々行動している」、「ふるさとに貢献したい」、「将来、地域に戻って仕事をしたい」との意向が高まっている。(22年4月と23年3月のアンケート比較)
②多様な島外留学生を含めた生徒数の増加
取り組みを始めてから生徒数は平成20年89名から平成25年140名へと増えているほか、25年度の新入生の4割強は東京や東北、ドバイなど島外からの子どもとなっている。中学時代に生徒会長で地域活動に興味を持った女子生徒や、インドネシアやドイツなど海外体験が長い生徒など多彩な子が集まり、刺激を与え合っている。また、生徒増により超少子化の過疎地の高校としては定員が40名から80名となるなど異例の学級増が実現し、教職員数も平成20年15名から平成25年27名へと増えている。
③島外からの移住者の増加
島外からの生徒数の増加により、寮は子どもで一杯になり、25年度新たな寮を建設している。また、高校生だけではなく、その親も一緒に移住するケースも出てきている。こうした取組みの影響もあり、この平成18年から24年の7年間で246世帯、361人のIターン者と204人のUターン者がみられた。
④高齢者等の活性化
知恵や経験を蓄積した高齢者が次世代の人づくり、具体には日本の文化や精神・価値観を活かした地域起業家的人材の育成に参画する仕組みをつくることで、高齢者も地域も元気にしていく、新たな挑戦が始まっている。
⑤地域および地域産業の活性化への貢献
生徒により発案された『人とのつながり』を観光資源と捉えた新たな地域観光の企画は、観光プランコンテスト「第一回観光甲子園」でグランプリを受賞。生徒たちがその観光企画『ヒトツナギ』を継続的に実施していることで地域内にもその動きが波及し、関連する企画やツアー、ガイドブック(『海士人』英治出版)などが生まれてきている。また、少子化と過疎化に悩む地域で高校生がまちづくりを行なうため、地域住民からも後継者に悩む地域企業からも喜ばれ、大きな期待を受けている
⑥島と関わる卒業者の増加
卒業後も、「島前高校や島前地域に恩返ししたい」と言って、東京で地元産品の売り込みを行ったり、ICTを活用し世界の潮流や最先端の知見に触れるイベントを島で開催したり、島前の中学校や島前高校で卒業生たちによるキャリア教育の企画を進めるなど自発的な貢献活動が実施されている。
①地元の小・中学生、保護者、住民の教育への参加機会の増加
全国から生徒が集まり活性化していく高校の状況を見て、地元の小中学校からも同様の取り組みを連携して行いたいという動きが出てきている。また、地元三中学校からの島前高校への志願率は、この10年間45~65%で推移していたが、平成25年度入試では初めて70%に至り、目標である80%に手が届いてきている。
「島前高校は頑張っているので、自分も何か協力できることがあればしたい」「人手に困っているなら、わしで良ければやるぞ」など島親の申し出も20家族を超え、一般の地域住民の中にも高校魅力化を応援する機運が広がりはじめている。また、高校の授業公開期間には保護者や教育関係者以外で、島親や地域住民が参観に訪れるようになった。
②県等による離島・中山間地での同事業実施への胎動
全国の自治体や学校、研究機関、民間企業等からの視察や研修、取材、事例紹介等の依頼が多くなっており、こうした取り組みの必要性の認識は全国的に広がりつつある。島根県、鹿児島県、広島県、鳥取県などで動きが起き始めている。例えば島根県では、「離島・中山間地域の高校魅力化・活性化事業」を開始し、離島・中山間地の8校・8地域に対して3年間で1校あたり1500万円の予算を配分するなど、県内他地域でも地域と高校の魅力化が動き始めた。
①隠岐國学習センターの自立
公設塾「隠岐國学習センター」は、過疎化、少子化が進み、予備校や塾などの民間教育サービスが成り立たないへき地において、教育格差の解消と地域の未来人材の育成を目指して立ち上げた。生徒・保護者・住民からは大変好評で教育的な効果も出ているが、子どもたちからの月謝だけでは経済的な自立はできていない。自立のための仕組が必要である。
②地元の小中学生の学びに対する意欲や事業に対する興味の醸成
小中学生からの学びに対する意欲・人間力の育成などは今後の課題であり、小さいうちから『社会人力』を伸ばしていく教育が必要である。
①学習センター・カリキュラムのICTによる活用など収益事業化の促進
学習センターを法人化するとともに、このノウハウを用いて全国の離島・中山間地へ提供する事業や小中学生向けの教室の開校、島外の生徒対象のプログラム開発、全国の教育関係者向けの研修や他の自治体向けのプログラムの提供、コンサルティング事業の展開など新たな収益事業と寄付、助成金など多様な方法で資金の安定化に取り組んでいく。
②中学生向け社会教育の導入
中学校にも社会教育コーディネーターを導入することにより、早い段階からの社会とのつながりを考える教育を地域社会との連携により実施し、中学生の地域学習・社会学習を実践していく。
取組を実施する際には、関係者と常にWin-Winの関係を築けるように構想していく。島前高校魅力化では「生徒・学校の視点」、「行政、保護者・地域の視点」、「社会の視点」などそれぞれの「三方よし」を追求したことが事業を前進させてきた。難しいがこのような関係を求めることが必要である。
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