【背景・課題、目的・目標】
昭和29年の市制発足当時約38,000人の人口は、平成27年現在約15,000人規模まで減少した。高等教育機関がない奥能登地域では若者が高校卒業と同時に県都金沢や首都圏など県外へ進学・就職し、18歳~20代前半の人口の減少が顕著である。
また昭和50年代から進められてきた原発誘致計画は、賛成派・反対派と町を2分してきたが、平成15年度に「凍結(実質的な中止)」との結論が出されたことからまちづくり計画の再構築が求められていた。平成16年(2004年)から平成17年(2005年)に総合計画の策定が進められるなか、金沢大学主催のタウンミーティングが珠洲市内で開催され、平成18年7月金沢大学から奥能登におけるサテライト校として、珠洲市内空き校舎(旧小泊小学校)を活用したい旨の打診があり、今日まで継続している「大学連携事業」(里山マイスター事業)が実質的にスタートした。当時は大学法人化が進められ、大学も地域貢献が求められていた。
珠洲市と金沢大学が取り組む里山マイスター事業の目指すところは、地域資源を活用、ITを活用しながら付加価値の高い製品に転換しつつブランド力を高める「6次産業・農業IT化人材」やマーケットイン型のグローバル思考を有する「ものづくりリーディング人材」など地域活性化に資する多様な人材の育成・排出である。
地域と連携してきた8年間に、こうした多様な人材は徐々に育ってきており、地域と大学が連携することで育っている。彼らは地域を明るく変えており、過疎地域にイノベーションをもたらしている。
【取組内容】
①「能登里山マイスター養成プログラム」の実施
平成18年、民間ファンド(三井物産環境基金)の活動助成を得て、金沢大学が「能登半島 里山里海自然学校」をオープン、奥能登の自然環境ポテンシャルを調査するなどの活動を開始した。翌19年10月からは科学技術振興機構(JST)の事業採択を得て、同大学の「能登里山マイスター養成プログラム」事業がスタートした。
珠洲市は廃校となって2年が経過した小泊小学校校舎の改修工事を実施し、金沢大学能登学舎としての利用に供した。
受講生は、2年間毎週土曜日珠洲市三崎町小泊の能登学舎を中心に受講し、卒業論文を発表し審査に合格後、金沢大学学長から直接修了書を受領する。受講期間中は、環境配慮型農業などの座学をはじめ、全国的に活躍する各分野の講師の講義を受講するなど質の高い講義を実施、全国からも注目され、首都圏などから多くの受講生を受け入れている。
これまで62名の修了生が輩出され、珠洲市内からも19名が修了、また県外からの受講生のうち8名は修了後も珠洲市内に定住し、現在も様々な分野で活躍している。
珠洲市はこうした成果を評価し、平成24年10月からは「能登里山里海マイスター育成プログラム」を金沢大学との共同事業として年間1,000万円の財源を確保し、1年間コースに改編し、継続して実施している。
②地域食堂「へんざいもん」を能登学舎内にオープン
平成20年1月、食育の取り組みを進めていた「おばちゃん」たちが能登学舎となった旧小泊小学校の調理場を使って地域食堂「へんざいもん(辺在物)」(「学食」)をオープン、地産地消の学食は、地域のコミュニティビジネスとして現在も継続しており、「おばちゃん」の生きがいともなっている。
③NPO法人『能登半島おらっちゃの里山里海』の設立
平成19年からスタートした『金沢大学の取り組みを応援したい』という市民の活動が始まり、大学の調査研究の支援や協力を1年程度続けた後、持続的かつ本格的に進めたい、との思いからNPO法人『能登半島おらっちゃの里山里海』が20人の会員を以て平成20年8月に発足した。以降能登学舎の問い合わせ窓口となり、ビオトープや里山保全活動、植樹活動などを展開している。
④世界重要農業遺産システム(略称世界農業遺産、GIAHS)の認定
平成23年6月能登半島羽咋市以北の4市4町のエリアが、佐渡とともに日本で初の世界重要農業遺産システム(GIAHS)に認定された。平成24年自然共生研究員を専任配置し、併せて担当部署自然共生室を設置した。同時に生物多様性地域保全活動計画を策定、市内の多様な主体(企業、地域団体、NPOなど)とともに活動を推進。
⑤珠洲市の寄付により金沢大学が寄附講座『能登の里山里海研究部門(珠洲市)』を設置
平成25年に金沢大学の地(知)の拠点整備事業(大学COC)の事業採択を契機に、世界農業遺産「能登の里山里海」財源を確保し、寄附講座を金沢大学内に設置した。平成28年以降は、里山マイスター第3フェーズと併せ、珠洲市と金沢大学の連携事業の柱として継続することとしている。
⑥大学COC事業スタートに伴う珠洲サテライトの設置
平成26年5月、大学COC(Center of Community)事業や寄附研究部門の開始にあわせ、珠洲市役所施設内の1フロアを珠洲サテライトとし、テレビ会議を通じた講演聴講や市民講座の開催、大学連携やマイスターに関する会議等に活用している。平成28年度からは滞在可能な簡易宿舎の整備など『珠洲カレッジ構想』をさらに進める予定
⑦黄砂研究、自動運転技術の実証実験の先進的研究拠点を設置
金沢大学との連携事業を契機に様々な調査研究事業も行われており、黄砂研究や自動運転システム実証実験などが能登学舎や珠洲サテライトを拠点に取り組まれている。
⑧イフガオGIAHS支援協議会-里山マイスター事業の海外への展開
里山マイスターのスキームをフィリピンイフガオ地域の人材養成事業に活かすべく、JICAからの支援を受け、金沢大学が『イフガオマイスター育成事業』をイフガオで展開している。能登GIAHSの構成自治体を中心に「イフガオGIAHS支援協議会」を設置、事業を支援しており、その代表に泉谷市長が就任している。
【成功要因】
①多様な人材育成を目指した実践的なカリキュラムや運営方法の採用
珠洲市と金沢大学が共同で取り組む里山マイスター事業は、里山里海をテーマとする地域再生に役立つ多様な人材を養成することである。そのためカリキュラムは、自然共生型の能登再生という理念を根底に、受講生のニーズを組み込んだ講義や演習、先進地視察、有識者を招聘したワークショップなど工夫している。また、常駐教員による卒業論文の個別指導など、教員と受講生の距離を縮めた運営を進めたことも効果的であった。
②大学・自治体・NPO・地区住民等との連携による受講後の活動・就業の場の確保
過疎地“珠洲”が、金沢大学との連携のもと人材育成プログラムを核とした大学連携・協働事業を進めていくことで、10代~20代の学生交流が定着し、能登の里山里海文化(世界農業遺産)の再評価につながっている。また里山マイスター事業を持続的に運営するため、大学・自治体(珠洲市など)に加え、NPOや区長、地区住民やマイスター支援ネットなどの関係企業とも常に連携を取りながら、マイスターの受講や修了後の活動・就業の場の確保などに活かしている。
③原発とは関わりない市長の誕生と人材育成への投資
平成18年の市長選は原発誘致の賛成・反対両派とは関わりない市長の誕生であった。このため市政は活性化の軸を里山里海、生物多様性など新たな価値の創出に置き、人材育成を柱に大学連携と大学サテライトの設置などに資金を投入するなど市長のリーダーシップのもと事業を進めることができた。
【成果】
①「地域づくり・地域デザイン人材」や「能登里山マイスター」修了者等よる地域活性化への取組み
里山マイスター(第1フェーズ)では、19年から23年までに8人のIターン者が珠洲市内に移住し、1次産業だけでなく他の分野でも活躍をしている。また、24年からの里山里海マイスター(第2フェーズ)でもスタートからの2年間で、Iターン者5人、Uターン者4人と、過疎地珠洲の人口減少対策にも寄与している。
2年間のカキリュラムを経て、卒業要件を満たして修了した者62人が「能登里山マイスター」として金沢大学学長から称号を授与され、修了生のうち52人が奥能登に定着し(定着率84%)、能登を活性化する多様な取組みの中心として活躍している。
②自治体の垣根を越えたマイスター達と地元若者との新たな連携とチャレンジを創出
地方創生を進めていく観点からは、自治体の垣根を越えた100人規模の若いマイスター達が未来の珠洲をはじめとした奥能登について、地元の若者とともに真剣に考える動きをスタートさせたことは大きな成果の一つである。流通ルートの確保や全国のステークホルダーとの連携、遊休資産を活用したスモールビジネスなどマイスターやそのネットワーク人材からは様々なチャレンジが行われており、今後のさらなる拡大が期待される。
③修了生による地域特性を活かしたビジネス創出への挑戦
時代のニーズを取込んだ人材養成のカリキュラムの修了生は従来の価値観にとらわれない発想でそれぞれのビジネスに挑んでいる。水産加工会社社員(男性)が同社の新規農業参入(耕作面積26㌶)の中心的役割を果たす、製炭業職人(男性)は高付加価値の茶道用の高級炭の産地化に向けて、地域住民らとと広葉樹の植林運動を毎年実施している。自治体職員(女性)、NPO職員(女性)らと連携して地元住民らと「奥能登棚田ネットワーク協議会」を設立し、棚田米のブランド化や都市農村交流事業に取り組む者もいる。花卉小売店社員(男性)は農協職員(男性)と連携し、神棚に供える能登産サカキを金沢市場に出荷している。
④海外からの視察者増加(JICAなど)
マイスター事業や世界農業遺産(GIAHS)認定以降、JICA北陸などを通じ、海外からの視察・研修が多くなっており、奥能登珠洲市での取り組みを世界に発信することが可能な状況となっている。(留学生、インド国官僚など)
⑤世界農業遺産「イフガオ棚田」への展開
能登里山マイスター事業は、平成24年度地域づくり総務大臣表彰を受賞するなど全国的にも認知されているが、平成26年3月から世界遺産、世界農業遺産に認定されているフィリピン「イフガオ棚田」の人材養成事業に、本事業のノウハウを提供し支援を行っている。このように能登里山マイスター事業は世界へと広がり、国際連携として展開している。
【今後の課題・方向】
①中長期的な財源の確保
平成26年度からスタートした大学COC事業にあわせ、珠洲市では新たに寄附研究部門(寄付講座)を金沢大学に設置し、本格的な里山里海研究に着手した。今後は、大学生のインターンシップ(社会人とともに学ぶ)を本格化し、里山里海研究を活発な学生交流と併せて進めながら、地域経済の活性化や人口減少の解消に向けてその効果を波及させていく必要がある。そのためには、基幹プロジェクトとなる「能登里山里海マイスター育成プログラム」の財源確保を中長期的に行っていく必要がある。
②「能登の里山里海マイスター」で培われたノウハウの大学教育などへの還元
平成26年10月からは、珠洲市の寄付金によって「里山里海研究部門」が金沢大学地域連携推進センターに置かれ、「地域におけるイノベーションハブ」としての有用性と存在感を強めている。今後は能登で培われた人材養成のノウハウを、大学の教育のメインストリームとして還元させていくことを目指す。
③地域や社会への寄与・貢献のあり方
地域の発展や国内他地域への波及、さらにはグローバル展開に向けて、里山マイスター事業をどのように地域や社会全体に寄与、貢献していくのか常に模索が続いている。
昭和29年の市制発足当時約38,000人の人口は、平成27年現在約15,000人規模まで減少した。基幹産業となる1次産業は高齢化と後継者不足との大きな課題を抱えている。また能登半島には、高等教育機関がなく、奥能登地域では若者が高校卒業と同時に県都金沢や首都圏をはじめ県外へ進学・就職する。実態としては18歳~20代前半の人口の減少が顕著である。
昭和50年代から進められてきた原発誘致計画は、賛成派・反対派と町を2分してきたが、平成15年度に「凍結(実質的な中止)」との結論が出されたことからまちづくり計画の再構築が求められていた。
それまで賛成派・反対派とそれぞれ色分けがなされ、市民全体でのまちづくりは考えられなかったが、「凍結」決定により新たな展開が求められていた。このようななかで、平成16年(2004年)から平成17年(2005年)に総合計画の策定が進められるなか、以降進む金沢大学との一連の連携事業のきっかけとなった金沢大学主催のタウンミーティングが珠洲市内で開催され、里山や生物多様性、持続可能社会といった、当時まだ聞きなれない言葉が大学から発信され、飛び交っていった。当時は大学法人化が進められ、大学も地域貢献が求められるなど変革の時期でもあった。
平成18年6月、現職の泉谷市長が就任した当初から大学の奥能登誘致は悲願の1つであったが、7月金沢大学から奥能登におけるサテライト校として、珠洲市内空き校舎(旧小泊小学校)を活用したい旨の打診があり、今日まで継続している「大学連携事業」が実質的にスタートした。
人口減少を何とか食い止めることが最大の目標であり、そのためには地域資源を活用、これを商品化し、ビジネスとして成立させ、雇用の開発・確保、地域活性化を図っていくことが必要である。
珠洲市と金沢大学が取り組む里山マイスター事業の目指すところは、地域活性化に資する人材の育成であり、このため下記のごとく多様な人材の育成・排出を目指している。
① 地域資源を利活用しながら効果的な課題解決の方法を企画する「地域コミュニティ再生人材」
②一次産品に付加価値を付ける事業センスを有し、それらを商品・環境等の地域ブランドにまで高めることのできる「里山・里海振興人材」
③地域の一次産品・アグリフードを発掘し、ITを活用しながら、付加価値の高い製品に転換しつつブランド力を高める「6次産業・農業IT化人材」、
④地域に基盤のあるものづくり分野でマーケットイン型のグローバル思考を有する「ものづくりリーディング人材」
⑤ライフスタイルを含めた環境の保全・整備、科学的知識にもとづく調査分析・問題解決能力を基盤に、企画・実践・経営能力を兼ね備えた「地域づくり・地域デザイン人材」
大学が地域に根をおろし、地域と連携してきた8年間に、こうした多様な人材が徐々に育ってきた。大学のキャンパスだけでは育てることができない、また、地域だけでは育てることができない人材が地域と大学が連携することで育っている。彼らは地域を明るく変えており、過疎地域にイノベーションをもたらしている。
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科学技術振興機構『地域再生人材創出拠点の形成プログラム』
「能登里山マイスター養成プログラム」(2007年度~2011年度):金沢大学
国立大学法人金沢大学:
2007年度より科学技術振興機構『地域再生人材創出拠点の形成』を得て、「能登里山マイスター」養成プログラムを実施、次世代の能登を担う人材育成に取組む。プログラムを修了した県内外からの受講生は、珠洲市をはじめとした能登地域の課題解決に向き合った調査研究を進めながら、地域の高齢者とともにコミュニテイビジネスやソーシャルビジネスに挑戦している。
中村浩二金沢大学特任教授:
金沢大学「里山里海プロジェクト」の代表、能登や石川県の里山里海の保全、総合的活用、地域再生を目指し、進めてきたリーダー。
珠洲市:
統廃合により廃校となった小学校校舎など遊休施設を改修・提供するとともに、里山里海応援基金などでプログラム修了生のビジネス創出を支援する等、過疎地域における持続的かつ効果的な協働事業の実施に努めている。
中村教授の支援者川端氏、宇野氏
金沢大学、珠洲市ほか能登地域市町
①「能登里山マイスター養成プログラム」の実施
平成18年、民間ファンド(三井物産環境基金)の活動助成を得て、金沢大学が「能登半島 里山里海自然学校」をオープン、奥能登の自然環境ポテンシャルを調査するなどをベースに活動を開始した。翌19年10月からは科学技術振興機構(JST)の事業採択を得て、同大学の「能登里山マイスター養成プログラム」事業がスタート。これに合わせ、珠洲市は平成16年に廃校となって2年が経過した小泊小学校校舎の改修工事を実施した。同時に当事業の実施に合わせ地域再生計画を内閣府に提出し、地域再生事業として平成24年3月まで実施された。
受講生は、2年間毎週土曜日珠洲市三崎町小泊の能登学舎を中心に受講し、卒業論文を発表し審査に合格することで、修了式には金沢大学学長から直接修了書を受領する。2年間の受講期間中は、環境配慮型農業などの座学をはじめ、全国的に活躍する各分野の講師の講義を受講するなど、能登半島の里山里海文化と相まって、県内外をはじめ全国からも注目されるようになり首都圏などからの受講を含め多くの受講生を受け入れている。
また、プログラム実施のため運営スタッフ5人(一部家族同伴)は、珠洲市内に移住し、移住しない非常勤スタッフもまた毎週週末には珠洲市入りし、定住・交流人口増にも一定の寄与をしている。
この間、62名の修了生が輩出され、珠洲市内からも19名が修了、また県外からの受講生8名は、修了後も珠洲市内に定住し、現在も様々な分野で活躍している。
珠洲市はこうした成果を評価し、平成24年10月からは「能登里山里海マイスター育成プログラム」を金沢大学との共同事業として年間1,000万円の財源を確保し再スタート、1年間コースに改編、平成27年9月まで継続して実施。
②地域食堂「へんざいもん」が能登学舎内にオープン
平成20年1月、里山マイスターの事業スタートに合わせ、従来から地域内NPO等で食育の取り組みを進めていた「おばちゃん」たちが能登学舎となった旧小泊小学校の調理場を使って地域食堂「へんざいもん(辺在物)」をオープンさせた。毎週能登学舎に集まってくる受講生向けの「学食」である。地産地消を前提とした学食は、地域のコミュニティビジネスとして現在も「おばちゃん」4人で継続しており、生きがいともなっている。
③NPO法人『能登半島おらっちゃの里山里海』の設立
金沢大学能登学舎でのプログラムのスタートは、様々な波及効果を生み出しており、その1つにNPO法人の設立がある。平成19年からスタートした金沢大学による能登半島里山里海自然学校事業によって、金沢大学の取り組みを応援したい、という市民の活動が始まり、大学の調査研究の支援や協力を1年程度続けた後、自らの活動についても持続的かつ本格的に進めたい、という思いから任意団体であった『珠洲サポート会』からNPO法人『能登半島おらっちゃの里山里海』が20人の会員を以て平成20年8月に発足した。以降は、能登学舎の1階部分に入所し珠洲市内の自然環境分野に関する問い合わせ窓口となり、ビオトープや里山保全活動、植樹活動などを現在も展開している。
④世界重要農業遺産システム(略称世界農業遺産、GIAHS)の認定
平成19年から本格化した金沢大学の奥能登エリアを中心にした調査研究成果やそのネットワークによる人材交流などが大きな原動力となり、平成23年6月能登半島羽咋市以北の4市4町のエリアが、佐渡とともに日本で初の世界重要農業遺産システム(GIAHS)に認定された。
世界農業遺産認定後2年を経過し、自然共生や大学連携事業をこれまで以上に本格化するため、人口規模15千人の自治体としては稀有な事例であるが、平成24年自然共生研究員を専任配置し、併せて担当部署自然共生室を設置した。同時に生物多様性地域保全活動計画を策定、市内の多様な主体(企業、地域団体、NPOなど)とともに活動を推進している。
⑤珠洲市の寄付により金沢大学が寄附講座『能登の里山里海研究部門(珠洲市)』を設置
平成25年に金沢大学が地(知)の拠点整備事業(大学COC)の事業採択を受けたことを契機に、世界農業遺産「能登の里山里海」財源を確保し、寄附講座を金沢大学内に設置した。平成28年以降は、里山マイスター第3フェーズと併せ、今後の珠洲市と金沢大学の連携事業の柱として継続することとしている。
⑥大学COC事業スタートに伴う珠洲サテライトの設置
平成26年5月、大学COC事業や寄附研究部門の開始にあわせ、珠洲市役所施設内の1フロアを金沢大学珠洲サテライトとし、テレビ会議を通じた講演聴講や市民講座の開催、大学連携やマイスターに関する会議等に活用している。
平成28年度からは『珠洲カレッジ構想』をさらに進め、空き校舎を利用して学生が勉学のために滞在可能な簡易宿舎を整備するなどを実施する予定である。
⑦黄砂研究、自動運転技術の実証実験の先進的研究拠点を設置
平成19年からスタートした金沢大学との連携事業を契機に様々な調査研究事業も随時行われており、全国的にも注目されている黄砂研究や自動運転システム実証実験などについて、能登学舎や珠洲サテライトを拠点に取り組まれている。
⑧イフガオGIAHS支援協議会-里山マイスター事業の海外への展開
里山マイスターのスキームをフィリピンイフガオ地域の人材養成事業に活かすべく、平成26年3月からJICAからの支援を受け、金沢大学が『イフガオマイスター育成事業』をイフガオで展開している。この事業の国内支援組織として、能登GIAHSの構成自治体を中心に「イフガオGIAHS支援協議会」を設置し、人材交流を中心に事業を進めており、その代表に泉谷市長が就任している。
平成16年11月 「金沢大学タウンミーティングin珠洲」を開催
平成18年 7月 金沢大学、廃校の小泊小学校を奥能登でのサテライト校として活用を打診
平成18年10月 金沢大学が三井物産環境基金活動助成を得て「能登半島里山里海自然学校」をオープン
平成19年 4月 珠洲市が廃校となった小泊小学校校舎改修(金沢大学が能登学舎として利用)
平成19年 7月 地域づくり連携協定締結(金沢大学、石川県立大学、輪島市、珠洲市、穴水町、能都町)
平成19年10月 金沢大学「能登里山マイスター養成プログラム」開講( ~24年3月)
平成23年 6月 能登半島羽咋市以北の4市4町が世界重要農業遺産システム(GIAHS)に認定
平成24年10月 「能登里山里海マイスター育成プログラム」を開講(金沢大学、石川県、輪島市、珠洲市、穴水町、能都町: ~27年9月)
平成25年8月 金沢大学「知の拠点整備事業(大学COC)」に認定
平成26年10月 珠洲市が金沢大学に寄付講座を開設(~平成30年3月、平成28年度以降は里山マイスター第3フェーズと併せ実施予定)
珠洲市において予算化された事業
平成19年度 廃校校舎(小泊小学校)改修費用 46,000千円
平成24年10月~27年9月 「能登里山里海マイスター育成プログラム」 毎年10,000千円
平成26年度~27年度 「能登の里山里海研究部門」 毎年20,000千円
特になし
(1)能登里山マイスター養成プログラムの実施体制
・能登里山マイスター養成プログラム(以下里山マイスター)の実施体制については図-1のとおり。
・大学スタッフのほか自治体(県・市町)や地域のステークホルダーなどで「運営連絡会」を構成し運営。
・受講カリキュラムについては、大学スタッフを中心に構成し、編成方針及び計画について作成。
添付 図 能登里山マイスター養成の実施体制
(2)地域との連携に関する体制
・地域(産・民)との連携に関しては、現地(珠洲)に常駐するスタッフと珠洲市自然共生室が情報共有を図りながら、地域内のステークホルダーとの調整を図る。
近年は、マイスター修了生がネットワークを形成し、地域の若者(青年団、青年会議所)たちとの協議組織(青年リーダー100人会議)を立ち上げ、過疎地域の未来についての提言や活動計画について議論を進めている。
※珠洲市は、自然環境分野を専任し、大学連携分野を強化するため、2013年、企画財政課内に「自然共生室(3人体制)」を設置
添付 図
①多様な人材育成を目指した実践的なカリキュラムや運営方法
珠洲市と金沢大学が共同で取り組む里山マイスター事業のポイントは、あえて専門分野を狭く限定せずに、里山里海をテーマとする地域再生に役立つ多様な人材を養成することである。そのためカリキュラムは、自然共生型の能登再生という理念を根底におき、受講生のニーズを組み込んだ講義や演習、全国の先進地視察、有識者を招聘したワークショップを行うなど工夫している。また、常駐教員による担任制をとり、卒業論文を個別指導するなど、教員と受講生の距離を縮めたことも効果的であった。
②大学・自治体・NPO・地区住民等との連携による受講後の活動・就業の場の確保
県都金沢から遠く離れ、高等教育機関のなかった過疎地“珠洲”が、金沢大学との連携のもと人材育成プログラムを核とした一連の大学連携・協働事業を進めていくことで、10代~20代の学生交流が定着し、世界的に評価されている能登の里山里海文化(世界農業遺産)の再評価につながっている。
また里山マイスター事業を持続的に運営するため、大学(金沢大学)、自治体(珠洲市など)に加え、NPOや区長、地区住民などの関係市民やマイスター支援ネットなどの関係企業とも常に連携を取りながら、マイスターの受講や修了後の活動・就業の場の確保、地域のニーズ把握の反映などに活かしている。
③原発とは関わりない市長の誕生と人材育成への投資
平成15年の原発誘致計画の事実上の中止以降実施された平成18年の市長選は原発誘致の賛成・反対両派とは関わりない市長の誕生であった。このため市政は活性化の軸を里山里海、生物多様性など新たな価値の創出に置き、人材育成を柱に置いた。このための大学連携と大学サテライトの設置など人材育成に資金を投入するなど市長のリーダーシップのもと事業を進めることができた。
① 「地域づくり・地域デザイン人材」や「能登里山マイスター」修了者等よる地域活性化への取組み
2007年からスタートした里山マイスター(第1フェーズ)では、2011年までに8人のIターン者が珠洲市内に移住し、1次産業だけでなく他の分野でも活躍をしている。また、2012年からの里山里海マイスター(第2フェーズ)でもスタートからの2年間で、Iターン者5人、Uターン者4人と、過疎地珠洲の人口減少対策にもすでに寄与している。
将来の地域の担い手となりうる年代を45歳以下と設定し、ホームページなどを通じて全国に募集をかけたところ、就農・起業を希望する都会からの移住者16人を始め、地元4市町の役場、JA、森林組合等の各種団体や地元企業等の若手社員ら85人が受講した。このうち2年間のカキリュラムを経て、卒業要件を満たして修了した者62人が「能登里山マイスター」として金沢大学学長から称号を授与された。プログラム終了時に修了生62人に対して行ったアンケート調査で、74%の修了生が「充実していた」「どちらかといえば充実していた」と回答した。修了生62人のうち52人が奥能登に定着し(定着率84%)、能登を活性化する多様な取組みの中心として活躍している。第2フェーズの能登里山里海マイスター育成プログラムでは2014年9月まで45人が修了しており、8年間の修了生は107人となっている。
② 自治体の垣根を越えたマイスター達と地元若者との新たな連携とチャレンジを創出
地方創生を進めていく観点からは、人口減少対策以上に未来に向かって住民自らがまちづくりを考え、行動していくことが強く求められる。その意味で、自治体の垣根を越えた100人規模の若いマイスター達が未来の珠洲をはじめとした奥能登について、地元の若者とともに真剣に考える動きをスタートさせたことは大きな成果の一つと言える。
従来の手法にとらわれず新たな価値観の中で、流通ルートの確保や全国のステークホルダーとの連携、遊休資産を活用したスモールビジネスなど、すでにマイスターやそのネットワーク人材からは様々なチャレンジが行われており、今後のさらなる拡大が期待される。
③ 修了生による地域特性を活かしたビジネス創出への挑戦
時代のニーズを取込んだ人材養成のカリキュラムの修了生は従来の価値観にとらわれない発想でそれぞれのビジネスに挑んでいる。農林漁業人材では、水産加工会社社員(男性)が同社の新規農業参入(耕作面積26㌶)の中心的役割を果たし、耕作放棄地を減少させている。製炭業職人(男性)は高付加価値の茶道用の高級炭の産地化に向けて、地域住民らとともに荒廃した山地に広葉樹の植林運動を毎年実施している。また農業関連企業社員(男性)は、自治体職員(女性)、NPO職員(女性)らと連携して地元住民らと「奥能登棚田ネットワーク協議会」を設立し、棚田米のブランド化や都市農村交流事業に取り組んでいる。ビジネス人材では、花卉小売店社員(男性)が農協職員(男性)と連携し、神棚に供える能登産サカキを金沢市場に出荷している。リーダー人材では、デザイナー(女性)が集落の伝統的知恵や自然について学ぶ「まるやま組」という企画を毎月実施し、地元住民と大学研究者や都市住民らを結び付ける役割を果たしている。
④海外からの視察者増加(JICAなど)
マイスター事業や世界農業遺産(GIAHS)認定以降、金沢大学のネットワークを中心にJICA北陸などを通じ海外からの視察・研修が多くなっており、奥能登珠洲市での取り組みを世界に発信することが可能な状況となっている。(留学生、インド国官僚など)
⑤世界農業遺産「イフガオ棚田」への展開
能登里山マイスター事業は、平成24年度地域づくり総務大臣表彰を受賞するなど全国的にも認知されているが、昨年度から世界遺産、世界農業遺産に認定されているフィリピン「イフガオ棚田」の人材養成事業に、本事業のノウハウを提供し支援を行っている。
イフガオ棚田は若者の農業離れで荒廃が広がりつつあることから、イフガオの地域資源を見直し、保全活動やビジネス起こしをする人材を養成しており、現在2期生26人が受講している。現地での人材養成プログラムのほかに、26年9月には珠洲を主会場にイフガオの受講生が研修・交流事業を展開した。
これは、平成25年に能登で開催された世界農業遺産国際会議での共同声明「能登コミュニケ」において、“先進国の認定地域が途上国への支援を行う”、ことがうたわれたことによるものであり、能登地域GIAHS推進協議会の構成自治体とともに金沢大学がJICAの支援を受け平成26年から実施している。なおこのプロジェクトに関する国内支援組織であるイフガオGIAHS支援協議会の代表は珠洲市長が務めている。このように能登の里山マイスター事業は世界へと広がり、国際連携として展開している。
① 大学との協働による学生交流の定着
従来、県都金沢からの遠隔地であり、高等教育機関のなかった過疎地“珠洲”が、金沢大学との連携のもと人材育成プログラムを核とした大学連携・協働事業を進めていくことで、10代~20代の学生交流が定着してきている。
② 能登里山マイスター事業の広域展開と新たな研究への珠洲市内施設の活用
能登里山マイスター養成プログラムを実施する枠組みとなった珠洲市など2市2町と金沢大学による「地域づくり連携協定」(平成19年7月)は、平成24年7月に更新された。この間、金沢大学と石川県において「包括連携協定」(平成21年4月)が結ばれ、奥能登発の人材養成プログラムが、能登半島全体、そして加賀地方へと幅広い展開が期待されており、連携自治体(4市町)では里山里海の取組みを重視し、施策に反映させている。珠洲市では、「自然と共生する珠洲市」の理念を掲げ、本事業の担当課内に「自然共生係」を新設し、「自然共生研究員」を採用した。
人材養成事業に端を発し、様々な連携、協働、支援事業を展開してきた結果、2014年には人材養成事業の拠点に加え、新たに市内中心部に金沢大学の珠洲サテライトを設置するに至った。こうした金沢大学との本格的な連携プロジェクトは、全国的にも先進的な研究の拠点としても活用されることとなり、日本を代表する「黄砂研究」や「自動運転システム」の研究拠点として珠洲市内の施設が活用されている。
③ 「能登キャンパス構想推進協議会」発足
里山マイスター事業を契機に、平成23年には珠洲市を含む奥能登2市2町と石川県の自治体および金沢大学などの県内4大学で構成する「能登キャンパス構想推進協議会」が発足し、奥能登をフィールドに大学が調査研究を行いやすい環境の整備を進める事業がスタートした。大学連携に関するシンポジウムや学生が能登で研究調査を行う支援事業を現在も行っている。平成24年には、珠洲市で総務省の支援のもと「第1回域学連携サミット」が開催され、金沢大学が行ってきた人材育成事業をはじめ全国で進められている事例報告が発表された。
こうした事業をきっかけに、大学や自治体での全国的なネットワークも形成されており、県内外の大学が奥能登地域へ入って研究調査などの活動を行う際の受け皿づくりについても、議論が進められている。
① 中長期的な財源の確保
平成26年度からスタートした大学COC事業にあわせ、珠洲市では新たに寄附研究部門(寄付講座)を金沢大学に設置し、本格的な里山里海研究に着手した。これに合わせ今後は、大学生のインターンシップ(社会人とともに学ぶ)を本格化し、自然豊かな奥能登において、世界農業遺産に認定された地域文化や自然資源をベースにした里山里海研究を活発な学生交流と併せて進めながら、地域経済の活性化や人口減少の解消に向けてその効果を波及させていく必要がある。
そのためには、珠洲市で29年度までの予算を確保(債務負担行為)している基幹プロジェクトとなる「能登里山里海マイスター育成プログラム」の財源確保を中長期的に行っていく必要がある。
②「能登の里山里海マイスター」で培われたノウハウの大学教育などへの還元
里山里海の概念を初めて能登半島に導入したことが、その後の平成23年に世界農業遺産「能登の里山里海」の認定へと波及効果をもたらしている。平成26年10月からは、珠洲市の寄付金によって「里山里海研究部門」が金沢大学地域連携推進センターに置かれ、「地域におけるイノベーションハブ」としての有用性と存在感を強めている。今後は能登で培われた人材養成のノウハウを、大学の教育のメインストリームとして還元させていくことを目指す。
③地域や社会への寄与・貢献のあり方
地域の発展や国内他地域への波及、さらにはグローバル展開に向けて、里山マイスター事業を「地域のイノベーションハブ」と位置づけ、どのように地域や社会全体に寄与、貢献していくのか常に模索が続いている。
① 受益者負担なども視野に入れた多様な財源による事業継続
今後は、主催団体である金沢大学、珠洲市が、各組織内の重要プロジェクトである旨を将来計画(総合戦略など)や機構の中で位置づけし、中長期的な持続性を担保することを目指す。
また、将来、組織運営を一般社団法人化することで、民間ファンドの獲得や受益者負担による財源確保を視野に入れながら持続可能な運営の在り方を、珠洲市と金沢大学で協議する。
② 半島の特性を活かした先端的な研究拠点化等による新たな過疎地のモデル創出
半島先端エリアの特性を生かした世界的な研究(黄砂研究、自動運転技術の実証実験)が進められるなど、日本社会の「影」であった“過疎地域”が光を浴びてきている。地域の課題となっているグローバル展開について、金沢大学の人材養成や研究のネットワークを活かして、珠洲を海外のビジネスマンや研究者との交流の場とする、新たな起業や移住、定住の促進などにより高齢者と若者が共に活き活きと暮らせる“新しい過疎地のモデル”を目指す。
①国内他地域への展開、他地域からの受講の拡大
国内他地域への展開に関してはコスト面等からプランの俎上には上がっていないが、最近の傾向として、首都圏(東京、埼玉、千葉)、中京方面(名古屋、岐阜)、大阪からの「通学」による受講生が増えたことが挙げられる。特に、平成24年からの「能登里山里海マイスター育成プログラム」では、首都圏8人、中京方面4人、大阪3人の受講生が学んでいる。これは、交通手段としての能登空港(輪島市)の存在もあるが、里山里海、あるいは世界農業遺産の学びのニーズを満足させる多様な要素を能登持っていることにほかならない。
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