新潟市は、水稲の生産量、花木類の出荷量などが市町村別で全国一位を誇る大農業都市である。今後も持続的な農業を進めるため、生産者の努力や工夫はもちろん、消費者である市民、特に子どもたちが農業を理解し、農業を大切にする気持ちをもつことが必要である。そこで、農業と教育の協働を目指し、本市にふさわしい農業と教育の関わり方について検討を重ねた。
その核となる取組が、農林水産部と教育委員会が作成した農業体験学習プログラム・「アグリ・スタディ・プログラム」(以下、ASP)である。これまで、学校における農業体験はイベント的な面が強く、体験で得られる力とカリキュラムとの関係が希薄なまま実施されてきた。これに対しASPは文部科学省の学習指導要領に準拠し、学校等のカリキュラムと連動させるように作成した。農業体験学習を通じ、実感を伴う学びによって各教科等の学習効果を高める。加えて、農業への興味・関心・理解も深めるものであり、いわゆる、教育効果と農業理解の両輪を併せ持った、本市独自の農業体験学習である。また、ASPを実践する中核施設として、「新潟市アグリパーク」(以下、アグリパーク)を整備した。施設では、農家の方々が専門的指導や農業体験補助を行う。それをコーディネートする専門インストラクターを配置し、物(施設)・人(農家・インストラクター)・事(プログラム)の三方から、農業体験学習をサポートしている。
現在、市内全ての小学校でASPに基づく農業体験学習が実施され、子どもたちが地場産野菜の美味しさに驚いたり、農家の方々の技術のすごさに感動したりする事例が多く報告されている。
新潟市が提案するのは、主要産業を学校教育に体系的に位置付けることにより、子どもたちが本物を教材としてより深い学びを実現するとともに、産業従事者が子どもから尊敬され自信とプライドをもって仕事に当たるシステムづくりである。
①新潟市にふさわしい農業教育の在り方を検討
これまでの農業に関する取組は、全国的に見ても、生産者向けの内容が多かったが、わくわく教育ファームでは視点を変え、消費者側からアプローチ。これは、世界的な農業国であるフランスなどの取組を参考にした結果である。
食料自給率が129%を誇る、世界的農業国・フランスでも、農業従事者の減少に伴って、都市部以外でも農業を知らない住民が増えた。これを危惧した農家が自ら圃場を開放し、農業に対する正しい知識と理解を求めるようになったとのことである。これがフランスにおける教育ファームのはじまりで、現在では公営・私営も含め、国内に約1,400か所存在する。農業に対しフランス国民の意識が高い理由は、教育ファームにおける幼少期からの農業体験が礎にあると言われている。
新潟市が大農業都市であるのは、生産者をはじめとする農業関係者の努力や工夫の結果であることは間違いないが、農産物を購入する消費者(市民)が支えなければ成り立たない。言い換えれば、消費者である市民が農業への理解を示さなければ、新潟市の持続的な農業は望めないということにもなる。よって、新潟市版の教育ファーム(=わくわく教育ファーム)を考える際に、いかに農業を身近に組み入れられるかが重要となってくるが、そこで力を注いだ点が、学校教育との協働である。体系的に進めていくためには、学校のカリキュラムの中に落とし込んでいくことが必要不可欠であるため、市長部局である農林水産部と教育委員会とがプロジェクトチームを作り、新潟市にふさわしい農業教育の在り方について、何度も検討を重ねた。
②農業を成長産業とするための、発想の転換
いま、日本の農業は危機に瀕していると言っても過言ではない。担い手の高齢化や農業所得の減少等により、農業・営農に対して魅力と将来の夢が描けなくなり、後継者不足が生じているほか、耕作放棄地も増加している。これは、農業は弱い立場にあるから守らなければならないとされ、保護政策がとられてきた結果であると言われている。しかし、農業に経営感覚を取り入れて、“儲かる農業”を実践している人は多い。農業の成長産業化が期待される中、これまでにない発想の転換が求められている。
新潟市では、「新潟ニューフードバレー構想」を進めてきた。新潟市は、高い農業生産、豊かな食、高度な技術を背景に、食品製造業が充実している。米菓では業界上位の会社が新潟市に集中し、全国シェアは約50%を誇っている。食品業界には、技術開発の成果を独占せずに業界の発展のために共有する「オープン経営」という特徴があり、この特徴を活かして大きく発展してきた。「新潟ニューフードバレー構想」は、この精神をさらに深化させ、高度な技術と農業を組み合わせ、農業を成長産業にしようというものである。
主要産業を学校教育に体系的に位置付け、子どもたちの食や農業に関する価値観を高める。産業従事者が、子どもから尊敬され、自信とプライドをもって仕事に当たるシステムをつくる
「田園型政令指定都市」という新潟市の特性を生かし、子どもたちに授業の中で、食と農に関する体験をしてもらい、生産から食卓まで一体で「食と農」を知ってもらうことで、市民と農業との距離を縮めようというものである。先生役を農家などが担い、農業の素晴らしさを身近に感じることができる環境を「フィールド」として提供することで、子どもたちはよりリアルに食と農の魅力を体感できる。さらに、食と農の体験を通じ、子どもたちの食や農業に関する価値観が高まり、日本の農業を応援する人材として育っていくこと、子どもの言葉を通じ、大人たちの食と農に対する意識が醸成されることにもつながると考えられる。加えて、生産者に活躍の場を提供することにより、生産者側の意識がより向上するといった効果や、生産者と消費者とのさらなる繋がりが生まれること、民間や他団体が介入することにより新ビジネスが誕生することなど、さまざまな効果が予想される。
「食」と「農」は、生きていくことを知る一番の教材である。これからの時代を担う子どもたちにとって、最も大切な「生きる力」を同プログラムで身に付けてほしい。「生きる力」を持った子どもたちは、より輝く新潟の未来をつくりだしていくに違いない。
①農業を核としたまちづくりを進める
新潟市は、1858年の修好通商条約によって、開港五港の一つに指定され、古くから「みなとまち」として栄えてきた。信濃川、阿賀野川の二大河川によってもたらされた平坦な土地には広大な水田が広がり、稲作を基本とした農業が盛んである。近隣の市町村との合併を経て、平成19年には本州日本海側初の政令指定都市となり、「田園型政令指定都市」として農業を核としたまちづくりを進める。
食料自給率は63%を誇り、他の政令指定都市と比較すると群を抜いた値であり、市町村単位で比較しても、米の農業生産額、水稲の収穫量、花木類の出荷量は全国一位。食品製造業が充実。
② 「新潟市12次産業化推進計画」の策定
豊富な田園資源を私たちの生活に密着する分野に活用していく「12次産業化(農業の1次×2次×3次=6次産業化に加えて、「教育」「子育て」「交流」「エネルギー・環境」「保健・医療」「福祉」の6分野にも活用していく取組)」を推進するため、平成27年2月に「新潟市12次産業化推進計画」を策定。12次産業化の推進により、農業の新たな価値を創造し、産業・雇用の創出を図るとともに、全ての市民が地域への愛着と誇りを持ちながら、健康で生き生きと安心・安全に暮らせるまちづくりを実現していくことで、地方創生のトップランナーを目指す。
これらの農業を生かした取組や今後の可能性が評価され、平成26年5月、「大規模農業の改革拠点」をテーマとする国家戦略特区に指定される。平成28年4月、G7新潟農業大臣会合の開催地となり、女性や若者の就農を促し、担い手不足に対応することなどを盛り込んだ「新潟宣言」採択。サミットの場では、世界に向け、市の食と農に関する取組の説明機会があり、世界各国から高い評価。
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①大農業都市である土地、農業従事者、生産物等
取組を実践する中核施設のアグリパークでは、市の指導・監督の下、農業体験と学習を結び付けた「アグリ・スタディ・プログラム」を実践。インストラクターを配置し,専門指導や体験学習補助が必要な場合には、農家など地域住民からの協力を得る。運営は民間が行う。
PDCAサイクルをサポートする「『アグリ・スタディ・プログラム』評価・サポート委員会」
外部の視点から取組の評価をしてもらうため,「『アグリ・スタディ・プログラム』評価・サポート委員会」を設置。大学教授や保護者の代表,学校の校長などから参画してもらい,アグリパークにおける「アグリ・スタディ・プログラム」の質の向上を図っている。
①農林水産部と教育委員会の協働(連携・調整)と役割分担
農林水産部は全市の教育ファームの推進をはじめ、園・学校への費用支援やアグリパークの指導・監督を担い、教育委員会は学校への指導や教員の研修などを担う
②現役の校長を「アグリ・スタディ指導主事」としてアグリパークに派遣
「アグリ・スタディ指導主事」は、学校との調整やアグリパークのインストラクターの指導を担う
③外部評価機関「アグリ・スタディ・プログラム評価・サポート委員会」の設置
新潟大学特任教授や新潟市小中学校PTA連合会が参画。アグリパークにおける「アグリ・スタディ・プログラム」を外部の視点から評価し、質の向上を図る。
④アグリパークは、民間が運営
① 農業体験学習プログラム「アグリ・スタディ・プログラム」の作成、改訂
これまで、学校における農業体験は、体験が持つパワーの解釈を子どもたち側に委ねており、体験を通じて子どもたちが何かを得るだろうということでなされてきた。しかし、アグリ・スタディ・プログラムは、文部科学省が定める学習指導要領・幼稚園教育要領、厚生労働省が定める保育所保育指針に準拠している。学校等のカリキュラムと連動させることで、農業体験を通じ、実感を伴う学びによって学習を深める。加えて、農業への興味・関心・理解も深めるというものである。いわゆる、学習効果と農業への理解の両輪を併せ持った、新潟市独自の農業体験学習である。
アグリ・スタディ・プログラム改訂版には、アグリパークをはじめ、地元農家や学校教材園で体験できる内容も盛り込んでいる。子どもたちの農業体験に力を入れた結果、全部で70プログラムと、大きなボリュームとなった。
②日本初の公立教育ファーム、「新潟市アグリパーク」の整備
「アグリ・スタディ・プログラム」を実践する中核施設として、日本初の公立教育
ファームである「新潟市アグリパーク」を整備。アグリパークでは、農作物の栽培、家畜の乳搾りやえさやり、石窯を使ったピザ作りなどの体験、宿泊施設を設けているため滞在型の体験が可能。農家の方々が専門的指導や農業体験補助を行い、それをコーディネートする専門のインストラクターが配置され、物(施設)・人(インストラクター)・事(プログラム)の三方から、子どもたちの学習をサポート。当施設の運営は民間。
③子どもたちが主体的・協働的に学ぶアクティブ・ラーニングを推進
農業体験を学校のカリキュラムに連動させるということは、その農業体験学習を通じて子どもたちにどのような力を身に付けさせたいかを明確にしなければならない。
アグリ・スタディ・プログラムで最大のポイントは、“プログラムごとに「学習課題」と「まとめのメモ」の例を表記し、授業のねらいとまとめを明確にして学習が展開できるようにしている”ことである。
子どもたちが主体的・協働的に学ぶアクティブ・ラーニングを推進するため、課題を明確化し、また、子どもたちに書かせたいまとめのメモ例を添えることで、農業体験学習を通じて子どもたちが得るべき成果を一目でわかるようにしている。
④定期的な教師向け研修会を実施
教育委員会と協働で実施している強みのひとつに、教師向けのアプローチが可能な点が挙げられる。施設とプログラムを整備しても、実際に利用する学校、すなわち教師に浸透しなければ、子どもたちへは広がっていかない。そこで定期的に教師向けの研修会を実施。この研修を通じ、アグリパークやアグリ・スタディ・プログラムに対しての理解を得ることで、市内全ての学校が農業体験学習に取り組んでおり、学習の効果も上がっている。
平成18年度:アグリパーク基本計画策定
平成24年度:アグリパーク実施設計,指定管理者選定
平成25年度:アグリパーク整備工事
平成26年度:アグリパークオープン,「アグリ・スタディ・プログラム」(初版)策定
平成27年度:「アグリ・スタディ・プログラム」(改訂版)策定
平成28年度:「アグリ・スタディ・プログラム」実践集策定
平成26年度:40,000千円
平成27年度:41,350千円
平成28年度:36,000千円
アドバイザーの招へい
アグリパークの整備にあたり,アドバイザーとして,三重県の「伊賀の里もくもく手作りファーム」木村会長に依頼。
(添付)
横断的な連携
特定の部署が単独で進めているわけではなく、教育委員会であれば学校関係の指導・調整、また、行政が民間のアグリパークを支援するなど、役割分担をしていることで、相乗効果が生まれた結果である。
①市内全小学校で「アグリ・スタディ・プログラム」に基づく農業体験学習を実施
子どもたちが地場産野菜の美味しさに驚いたり、農家の方々の技術のすごさに感動したりする事例が多く報告される。
また、子どもたちの感想を比較すると、これまでの“農業体験”では「楽しかった」「おもしろかった」という表現が多かったが、「アグリ・スタディ・プログラム」では、こちらが提示する学習のねらいを正確にとらえたものが多々見られている。授業を行う教師が、単元の中に体験学習を適切に組み込むことが可能となり、体験を生かしたまとめやふりかえりを行えるようになった成果だと言えよう。
②農業体験に協力した農家等の人数が増加
農業体験に協力した農家等の人数は、取組が始まった平成26年度では2,310人であったが、平成27年度には2,619人に増加。特にアグリパークでは平成26年度の243人から平成27年度には754人となり、活躍の機会が増えている(新潟市調べ、いずれも小学校の協力者の延べ人数)。
本プロジェクト以前から、本市では特産の米を学習に活かした米作り学習が行われ、子どもたちと住民(農家)の交流の土台が整っていた。それを示すように、平成27年度「農村・都市交流事業に関する農業者意向調査」(新潟市)において、農業体験等の受け入れを推進することについて、62.7%の農家が賛成と回答し、その理由として、91.7%が「農業を理解してもらうことは良いことだ」と回答している。
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①市外、県外に向けたPRと波及
平成26年のプログラム開始から3年目に入り、市内では一通り定着したところである。今後は市外、県外に向けたPRと波及に力を注ぎ、“農業体験学習は新潟市”というイメージの創造と、市外・県外からの子どもたちの積極的な受け入れを実現していきたい。
プログラムの中から優れた内容をピックアップした実践事例集「農業体験学習で子どもの心と頭を耕す『アグリ・スタディ・プログラム』実践集」を作成。今後、実践集を活用し、照会に対応していきたい。
②アグリツーリズムやアグリ修学旅行などを展開
国家戦略特区(農業特区)の規制緩和を活用し、ローソン、セブンアンドアイ、JR東日本など全国的な企業が新潟市の農業に参入したほか、農用地に設置が初めて可能になった農家レストランが、この春に3軒相次いで開店し大人気となっている。また、農業特区効果で最先端の技術を用いた農業も展開され始めている。さらに、意欲のある生産者と、意欲のある料理人・シェフをつなぐ「ピースキッチン運動」という取組も動き始めたほか、日本で初めてつくられたウィラーグループのレストランバスが全国最初の営業拠点に新潟市を選択。
市内には、観光農園なども多くあり、海や潟や山、豊富な食材があるので、これらを結び付けたアグリツーリズムやアグリ修学旅行などを展開していく。取組の進展により、新産業の創出と雇用の拡大が見込めることを期待。
③市内大人向けの教育ファーム(農を学んで農家と交流を図る)取組を実施
市内の大人向けの教育ファームとして、農を学んで農家と交流を図るための「農業体験農園」を実施したい。農家側は安定した収入を確保することができ、消費者と日常的に関わることができる。一方で、利用者(市民)は、農に関する充実した余暇活動ができ、流通重視ではなく食味重視の野菜、本物の味・旬の味が楽しめる。自治体側には、農業を核としたコミュニティの形成というメリットがある。
新潟市は提案する。日本全国の市町村が、「アグリ・スタディ・プログラム」のように、各市町村で最も特徴的な産業を“思考材”にして、子どもたちが五感を働かせ、専門家のアドバイスをもらいながら、友達同士協力し合って解決していくような学習プログラムを作って子どもたちの力を伸ばしていくことを。
そのために、まず子どもたちを連れて、新潟市に来ていただくことをお勧めする。そして、新潟市アグリパークで、子どもたちと一緒に「アグリ・スタディ・プログラム」を体験していただきたい。そこで、私たちと一緒に子どもたちに力を養う方法を考えてはどうか。新潟市は、そのためのノウハウをすべて公開する。
全国で「アグリ・スタディ・プログラム」のように、各市町村の特徴的な産業を学び、子どもたちが自分の力を高めていくような活動が行われることを、期待している。
農業の可能性を生かして、農業と福祉を結び付けた取組を実施
①アグリパークでの、特別支援学校や適応指導教室の実施
アグリパークでは、特別支援学校や適応指導教室(学校生活になじめず、不登校状態にある児童生徒を対象に、教育相談や体験活動を実施することにより、児童生徒自立や集団生活への対応を促し、学校生活への復帰を支援している教室)を受け入れており、農業体験学習を通して生きがい作りや社会とのつながりを育む。
②「農福連携事業」の訓練施設としてアグリパークを活用
障がいのある方を農業現場への就労につなげる「農福連携事業」の訓練施設としてアグリパークを活用しており、実際の農業現場へのマッチングを実施。また、新たに平成29年度から、田園資源を活用した体験を通して、重度の障がいのある方の生きがいづくりや社会参加に資する「アグリ・ケア・プログラム」を実施予定。